コントラバスにまつわる話

コントラバスを弾く仕事をしていると、様々なことが起こります。
ここで起こったことは
すべて実話です。


コントラバス弾きの常識!?

本番の間に時間があったので楽器のお掃除

いつも触れる場所(弦や指板、ネックなど)は毎回きれいにするようにしているが、大型ゆえにどうしても色々な所に埃は積もってゆく。

テールピースの裏側、駒の切り欠きの中、f孔の縁、糸巻き箱の中など普段は行き届かない場所の埃や松脂の粉を丹念に払う。

楽器の埃は出先で落とす。

(2017.3.29)


それでも弾かなければならない時もある

鳥かごの掃除をしていて、片手で持ち上げた時に悲劇は起こった。

右手で持って降ろそうとしたした時、腰に激痛が走った。
いわゆるぎっくり腰というやつだ。

幸いまったく動けないほどではなく、痛いながらも歩くことくらいは出来た。
とりあえずノロノロではあるが日常生活は何とかなる。

ただ当然重いものは持てず、腰も曲げられない状態に。


さて、問題は5日後に本番が控えていた。
しかもオケではなくソロ3曲

「腰が痛いので上手く弾けません」では済まされない。

幸い数日の猶予はあるので、出来る限り腰が治るように療養しつつ・・・
腰が曲げられない分、ハイポジションは膝の曲げ伸ばしでカバーすると言う奇抜な構えにスイッチ。

これっていわゆる「怪我をした時に無理に練習すると変な癖かつく」と言うヤツではないか?
いやいや、この期に及んだら背に腹は変えられない、とにかく演奏が最優先。

結局本番は無事に終え、演奏自体は非常に好評いただいたが・・・

楽器のエンドピンを最も下げ膝を曲げた大股開きという極めて不自然な珍奏法でお届けするハメに。


実は最もキツかったのは演奏ではなく、駐車場から楽屋までの運搬だった。

(2017.3.21)


とあるオケの超世界流行(パンデミック?)

某月某日、あるオーケストラの合奏練習が行われた。

奇しくもその日しぶーのは数日前から長引いていた咳風邪の治りかけ病み上がりの状態。
体力的には問題なかったが念のためということでマスクをしての参加だった。

二日後の本番の日、なんとコンサートマスターとほか数人の演奏者がインフルエンザ発症で倒れたとのこと。

当然一瞬だが疑いはかけられる。
「いやいや、原因はあっしではごぜいやせん。」
その証拠に本番の日にはすっかり風邪もよくなって、マスクも要らない状態だった。

インフルエンザの診断が出れば当然出勤停止、速やかに代役が立てられ本番は無事に行われた。

さて、問題はその場にいた全員が感染の可能性があるということ。

電車に乗っても一両に幾人かは保菌者がいるかもしれないと考えると今更あわててもしょうがない。
みんなしっかり手うがしようぜ!ということで恐る恐る帰っていった。


その後、銭湯で疲れを癒しこれでもかと言うほど喉を蒸したおかげかどうやら無事に至っている。

(2016.2.15)


何かが違う?床からの振動。

音楽ホールにはオペラの公演のためにオーケストラピットが設営できるところも多い。
オペラでは舞台上では歌手たちが演じ、オーケストラはステージ手前に堀のように一段低くなったところに入って演奏する。

ホールによっては普段客席になっていて何もないように見えるが、ステージ直前の座席数列を撤去した後に床板が下がる仕組みになっていることもある。


編成の大きな公演では、ステージ拡張のためにこのピット部分を使用する場合もある。

当然コントラバスは前のほうへと押し出されてしまうのだが・・・。


右の床の白い所が本来のステージで、濃い部分は客席の床だった部分。

からくり舞台やオケピットなど色々な設営が可能なように床の構造は複雑になっている。
その反面、本来の檜の板張りのステージに比べ音響面では劣ってしまう


画面の右端の床の色が白い部分が本来のステージ床。

コントラバスはステージ床にエンドピンの針を刺して、床全体も音響板として活用する仕組み。
(だからステージの床は穴だらけ。)
それが客席であるピットの床では当然禁止される。

さらによく見ると、座っている場所とエンドピンが接触する床のブロックが分かれている。

普段は当たり前のことなので気にもしていなかったが、楽器を弾いている振動が足から伝わってこないとなかなか違和感があるものだ。

(さらにステージ上空にある斜めの反響版よりも客席側へ出てしまうために、普段の音響とは随分違って聞こえる。)

(2015.12.30)


その時、指揮者は・・・

クラシックの演奏会では音楽に緩急強弱があるので、物音を立てるのはご法度になっている。
それでも演奏会中に時計のアラーム携帯電話が突然鳴り出すことはある。

アマチュアオーケストラ演奏会など、ご家族や親類一同がお客さんとして来られることから、どうしても就学前の児童も多い。
中でも音楽が静かなところで突然泣き出す赤子がいると、客席の人々も音楽がどうなってしまうのかヒヤヒヤするかもしれない。

演奏会を見ていただければお分かりになると思うが、客席で咳をしようと物音を立てようと、楽団員は表情ひとつ変えない
何事もなかったように演奏を続ける。

では客席に背を無向けている指揮者はどうなのか?

やはり顔色一つ変えません。

本番中はものすごく音楽に集中しているので、少々の物音くらいでは動じません。
余計なものに気を取られてしまうと、まともな演奏ができるはずがない。
耳には入っているが頭で処理されていない状態とでもいうべきでしょうか。

本番が終わってから楽屋で「2楽章の冒頭で電話鳴ったね」とか話していると「そうだっけ?そういえば」くらい。

さすがに大地震など命の危険がある大きな事故がおきれば音楽を中断することもあるでしょうけども、未だそんなシーンにあたったことはない。

(2015.5.2)


誰だこんな所に放置したんは?


ステージの花道にちょこんと置かれたビニール袋。

スーパーの袋に包まれた物体は?
これは林檎?梨?

その日の練習から、何故か楽団のご好意でエキストラの方々にとパンなどの食品の差し入れが置かれていた。
(ホール内では飲食禁止なのでロビーでどうぞということだった)

そんなところにぽつんと放置された林檎がひとつ。


おいおい、さすがにこれを袋から出して皮むいて食うやつはいないだろうよ。
それともそのまま袖でごしごしぬぐってかぶりつくのか?

そんなもの差し入れてどうする。


そして翌日、案の定まだそこにあった。
誰も手をつけようともしない。



そして更に翌日、今日は本番の日だがまだそこにある。
さすがにこのまま放置していたら腐ってしまうではないか。



一体誰がこんなものと思い、恐る恐る持ち上げると思いのほか軽い!

なんと中は林檎や梨ではなくて荷造り紐でした。


(2015.4.23)


あれだけ言っておきながら


日ごろ弟子たちには「弦交換は本番直前には行うべからず」※と説いておきながら、やってしまった。

近年弦も大幅に値上がったので、そうやすやすと交換できなくなりました。
それでも音色で勝負する職業、古くなって悪くなった音のままと言うわけにはゆくまい。

買い置きの弦に交換したものの、数日経ってもなかなかなじまず、音色があまりよろしくなかった。
何とか演奏は出来るレベルだったが、この先小編成の仕事がいくつも控えており、さすがにこの音色をお届けするわけにはゆくまい。

えいやと決心して、本番の二日前なのに弦の交換をしてしまった。

幸いコントラバスの弦は張ってからあまり伸びない(音程が下がらない)ので、その後一日弾きまくって本番を迎えました。

やはり新しい弦は良い!


※弦を交換して安定するまで一週間かかる

(2014.10.31)


意外とイケる?改造

この日のプログラムはオールモーツァルト。
会場も編成も小さく、それでいてコントラバスは屈強な男が2本。

パワー全開で支えるというよりも室内楽をきっちりまとめたい。

全体のバランスを考えてコントラバスセクションの取った秘策はというと・・・。


駒にテープを貼るだけなのだが、要はこの部分の重量を増すという方法。

若干のミュート効果になってパワーは落ちるが、古楽器のような音色と立ち上がりのよい発音に変化します。
楽器にはまったくリスクを負わない改造だが、劇的な変化に驚きます。


結構難しい「譜めくり」

オーケストラの譜面はプルトと呼ばれる二人一組でひとつの譜面を見る。
プルトの中では表と裏に分かれていて、裏の人が譜めくりを担当する。

この譜めくり、単純にめくるだけなのだがなかなかテクニックが必要だ。
めくるタイミングがうまく休符と重なっていれば余裕だが、休みが僅かだったりまったくなかった場合には裏の人が犠牲になって(演奏を中断して)めくることもある。
もしタイミングや手際が悪く、めくるのが遅れてしまうと表の人の演奏に影響が出てしまうこともある。
また、曲が静かな時や楽章の間など、あまり大きな音を立ててはいけない場面も多い。
(コントラバスは楽譜が遠いので椅子から立ち上がる必要がある。)

迅速かつ正確に、そして静かに!
なかなか難しい。


その日の公演はオペラ
オーケストラはステージ手前の一段低くなったオーケストラピットの中で、編成は小さくコントラバスは2本。
しぶーのはトップを任されていて、1プルト裏は学生君。

演奏者が二人しかいないので譜めくりは命がけ、譜めくりをしくじれば確実に音が途切れる。
そんなプレッシャーからか、隣の学生君あわててめくった際に譜面灯(楽譜を照らす灯り)に手が当たってしまった。

手が当たった弾みで、譜面を照らしていたライトは上を向いてしまった。
ちょうど指揮者の手前、ライト顔面直撃!
この譜面灯、暗い所で直視するとかなり眩しい。

残念ながら休みは当分ない。
裏の学生君、気にせず演奏を中断して直せばいいのだけれど、どうも余裕なかったらしい。

結局第二幕が終わるまでその状態で目を細めて演奏を続ける羽目になった。
演奏は何とかなったが、上演中ステージの下に譜面灯に照らされたしぶーのの顔が亡霊のように浮かび上がっていたことになる。


プレイヤー独自の工夫


ん?なんだこりゃ?

合奏の必需品、それは鉛筆

合奏練習ではボーイングをはじめ、様々な注意点があり、必要に応じて楽譜に書き込む必要がある。
なので必ず鉛筆は欠かせない。

よく吹奏楽部では楽譜はクリアファイルに入れて管理しているが、プロのオーケストラではこなす曲数も頻度も多い為、楽譜は常に原譜がむき出し状態だ。

譜面台に鉛筆を置いておくとよく落ちる。
譜めくりと同時に落ちてカラカラと音を立てる。
これも合奏妨害にあたるのでできるだけ避けなければならない。

そこでプレイヤーの間にはいろいろな工夫が見受けられる。

指板の裏に張りつけられたテープによる輪。
キャップつきの鉛筆をすっぽりと収納できる。

 

指揮者からの指示をさっと楽譜に書いて、鉛筆を置く余裕のない時には便利!

(この他、しぶーのはよくとっさに口に咥えている)


陣取り合戦

オペラの仕事は舞台の下にあるオーケストラピットと呼ばれるスペースで演奏する。
ここがまた限られた空間で、決してゆとりある場所とは言いがたい。
正直、各演奏者の場所の取り合いともいえる。

一応ステージマネージャーがしっかりとセッティングしてあるはずなのだが、ほんの少しのスペースの差でとてつもなく演奏しづらくなったり演奏不能になったりしてしまう。

コントラバスは大抵指揮者から一番離れた隅っこかステージを背にした壁際にいる。
つまりもはやそれ以上後ろに下がることができない状況だ。

楽器を横たえておくスペースもないこともあり、開演前に他の演奏者に混じってコントラバスを頭上に高々と持ち上げて運ぶことも多い。

ゲネプロ(本番直前の練習)はなるべく早く会場に入り、できるだけ最小限でかつ演奏可能なスペースをしっかり確保する必要がある。


残念ながらこの楽器は演奏に際してとても広いスペースを消費してしまう。
それでも他の演奏者の手前、あまりゆったりとスペースを占有することは許されない。

この距離、ボーイングを間違えれば(こっちがダウンボウで右隣の奏者がアップボウになると)手を刺される

もちろん弓の先で何度も刺されたこともあるし、刺したこともある。


わんわん係り

クラシックの曲の中に、犬の鳴き声が入るものがある。
クラシックといってよいのか、ライトポップスとでも分類されるだろうか、有名なのはアンダーソンの「踊る子猫(The Waltzing Cat)」やアーサー・プライヤーの「口笛吹きと犬」など。

短くてわかりやすい曲なのでファミリーコンサートや演奏会のアンコールのよく演奏されるが、この犬を誰がやるのか?

大抵このような色物的役割はコントラバスが多い。

舞台の端っこにいて他の奏者よりも標高が高く目立つ為だろうか?
まあ大抵のコントラバス奏者はノリノリでやるのだが・・・。

この、普段演奏中には声を出さない身なのでなかなか難しい。
それなりに息を吸って覚悟がいる。
うっかりするとその後普通の演奏にすぐに戻れなかったりもする。

その時が近づくにつれ、密かにテンションをあげて犬感を高めておかなければならない。
そして一度上がったテンションはなかなか戻らない。

指揮者「コントラバスの皆さん、」
コントラバス「わふっ!」


名器を手にしたら背負う宿命

つい先日、ご縁あってイタリアで演奏させていただく機会があった。

演目はロッシーニのチェロとコントラバスのためのデュオ全楽章。
せっかくなのでイタリーの作曲家の作品をということで選んだのがこの曲、バス弾きならば是非やっておきたい名曲である。

このロッシーニのデュオの2回の本番の他、バイオリン協奏曲やチェロ協奏曲の伴奏として参加させていただいた。
会場はイタリアの田舎町の教会で、コンサートホールとはまったく違った音響での演奏は通常の演奏方法とも違い、古きヨーロッパの本来のクラシック音楽の響きを体験できた貴重な演奏会だった。

コントラバスは現地でお借りすることになったのだが色々な取り計らいがあって、用意されたのは1763年製のLorenzo Carcassiという大変な名器。
ミラノのコントラバス奏者が所有しているものを特別にお借りすることができた。


日本人なので弦長103cm以下の小ぶりなものをとお願いした。

この楽器は売りに出ているらしく、もし気に入ったら譲ってもらえるということだった。
もちろん高級外車がらくらく買える値段、さすがにおいそれと買って帰るわけにはいかない。
売りに出ているということはもしかしたらオーナーさんはこの楽器が気に入らないのか、どこか調子が悪いのか?もしかすると演奏しにくい楽器なのではなかろうかなど警戒したが、手にしてみるとそれはそれは素晴らしい楽器だった。
もちろん音も素晴らしかった。

古い楽器だけあって、ボディはツギハギだらけだったが、どこもきちんと修復してあった。


作者ラベルのほかに修理ラベルも貼ってある。
(あえて画質を落としています。ご了承ください。)

そんなに古い楽器ということは、過去の名演奏家と間接握手し放題、もしかするとイタリアの偉大なるコントラバス奏者&作曲家ドラゴネッティやボッテシーニの手もこの楽器の指板上を走ったかもしれないと思うとわくわくする。
と期待していたらネックと指板は新品だった。


ネック部分は新しい。

このような名器をお借りして本番で演奏させていただくなどとても光栄なことだが、その反面責任が重大で取り扱いには苦労した
そんな大切な楽器にもしものことがあっては大変だ。
傷ひとつつけてもいけない

古い楽器というのは当然傷だらけでボロボロだが、これは決して汚れているわけでもなく取り扱いが悪かったせいではない。
長年細心の注意を払いながらも、激しい演奏のためにしかたなく付いてしまった傷たち。
もちろん傷つけばすぐにニスで保護し、割れなどの故障が出れば直ちに修復されてきた結果である。

イタリアの教会や室内の床は板張りではなく石だったので、直接楽器を横たえることができない。
しかもその楽器は長年の消耗と変形で4点接地がずれていてうまく寝かすことが難しい状態だったので、たえずソフトケースを敷いてその上に寝かすようにした。
体の触れる部分にはタオルを当てて、極力ボディには触らないように努めた。


名器を手にすると、その責任がのしかかってくる。

名器は人類の貴重な文化遺産であり、後世に残していかなければならないものである。
きちんと管理して、いい状態のまま次の演奏家へと受け継ぐ必要がある。


そして楽器はただ大切に保管しておくだけではなく、音を奏でて価値が発揮される。
長年名演奏家によって鳴らし続けられてきたことは、楽器の成長という意味では最高の状態であるり、大事にしまっておくことは時を止めることに等しい。
きちんと鳴らして楽器として活躍させ、その奏でる音を広く聴衆の耳に届ける役割を担う。

壊れて修理不能になった名器も貴重な研究材料として大切に保管される。

がっちりとしたケースに収められるバイオリンやチェロと違い、ほとんどがソフトケースに仕舞われるコントラバスは不慮の事故で破損したり戦火で焼失するなどの理由でオールドの名器が非常に少ない。
間違いなくこのLorenzo Carcassiは演奏できる楽器として非常に珍しい名器でもある。


オーナーとのメールでのやり取りの様子から2012年10月現在まだあるようです。欲しい方はご一報ください。

同時にお借りしたEmil Max PENZELの弓は大変素晴らしかったのでこちらはいただいて帰りました。 


黒くないクロネコ

弦楽器の演奏に欠かせない松脂。
メーカも種類も数多く存在し、一度は色々と試す価値がある。

バイオリンの松脂にクロネコというものがある。
弦楽器関連の人なら知らぬ人はいないというほど有名で、バイオリンのみならずコントラバスに至るまで愛用者は多い。

蓋に描かれた猫が黒いためか、松脂自体が黒いためか、一応いくつか種類はあるのだが、とりあえずクロネコといえばこの「ミランのデラックスのダーク」というのが定番となっている。

なので、この赤い蓋を開ければいつもの黒いやつ・・・
という日常に衝撃が走った

突然変異のアルビノ?



いつの間にか透明版が出ていた。

蓋の横にTRANSPARENT(透明という意味)と書いてあるだけで、上から見ただけでは区別がつかない。

実はこの松脂、ロットによってレシピが違うのか偶然の産物なのか、明らかに色の濃さの違うものもある。

 
※どちらも同じ会社の同じ松脂のはず

かつて蓋の猫の絵がなかったバージョンもあり(中身は変わらず)、何かと話題は事欠かない。

それだけ世界中で愛されている松脂ともいえる。

試した人によると、音の立ち上がりは普通のクロネコよりもエッジが効いているが、それでいてザラつき感はないとのこと。
コントラバスでいつもの松脂の上塗りに試してみたが、なかなか滑らかで手ごたえもよい。

これは流行るかも。


今日は激しく弾けない理由とは

コントラバスは大抵ステージの隅のほうにいる。
視界確保のためや音響的な理由でひな壇に乗っている時も多い。


バス・チェロはステージの床にエンドピンをぶっ差して演奏するので床を養生するために敷くこともある。

このひな壇、大抵はステージと同じ材質で出来ており、中が空洞になって音が響くようになっている。

このひな壇、ごくたまに困ったことが起こる。

板が薄いのか、中の梁の状態のせいか、それとも体重のせいか?プロレスのリングよろしく絶妙な弾力を発揮してしまう時がある。
そんな時はビブラートの手の動きにあわせてぼんよぼんよとたわみ、同じ面に置いた譜面台まで揺れてしまうのだ。

全員がff(超大きく!)の時には気にならないが、静かな場所でエスプレッシーヴォ!(表情豊かに・大抵ビブラートを多めにかける)

そんな時に譜面台が前後にグラグラグラ・・・。

あわわわわ・・・。


演奏家泣かせの奏法「コル・レーニョ」


近代現代の楽曲でたまに出てくるコル・レーニョ(col legno)奏法。
特殊奏法の一種で、弓の竿(棒の部分)で叩くように演奏する。
当然普通の音ではなくてカチカチと打音が入る風変わりな音の効果を狙った奏法である。

演奏者的にこの奏法は出来ることならやりたくない奏法上位にランクインする。

もちろんこのくらいでは弓は折れたりはしないのだが、下手をすると傷ついたり消耗を早めてしまうおそれもある。
今日日フェルナンブコの弓は貴重で、代わりの弓はそう簡単に手に入らない世の中、できるだけ大事にしたいのはヤマヤマ・・・。


同僚の数人はこの奏法のためにカーボンファイバーの弓を用意していた。


新素材で出来た弓達。価格も比較的安い。

近年弓になる材料の不足を補うために考えられているのが、カーボンファイバーなどの新素材の弓。
性能的には木の弓には敵わないが、値段の割にはそこそこ質がよく今後の発展に期待したい。


そこでテープを貼ってみた。

うむ、これで大丈夫だ!キズも恐れずにコルレニョることが出来る!

ところが、

テープを貼ったらクッションの役目になってしまい音が鳴りにくい。
そして弓が重くなり、普通の部分が弾きにくいこと弾きにくいこと!

僅か15cmほどの薄いテープだが、たったこれだけの重みでバランスが致命的に悪くなってしまう。


結局テープは貼らずに何とか傷つけないように慎重に本番をむかえることにするか。


き、切れてる・・・。

 演奏のお仕事では、事前に練習用のコピー楽譜が送られてきます。

これらの楽譜は本番では使用せず、本番が終わるとお返ししなければならないもの。
(厳密に言うと著作権上、楽譜のコピーは存在してはいけません。)
大抵はコピーしたそのまんまで、自分で製本して練習に使います。

長年この仕事をやっているとすっかり製本も馴れたものなのだが、これがなかなか、ページの外側がギリギリだったり、のり代がとれなかったり苦労します。
コピーの状況に合わせて何パターンかの方法を駆使して製本するのだが、苦労して綺麗に製本できるとちょっと嬉しい。
(どうせ返してしまうものなのに・・・几帳面なA型の典型かねぇ・・・)


練習用のコピー楽譜は確認用で、結構乱雑にコピーされていることが多く、ページの端々の余白がまちまちだったり全体が斜めだったりします。
大量にコピーする人の手間を考えれば頭が下がる思いですが・・・。

楽譜の右端が切れていると、それだけで不安になります。
曲がそこで終わっているような、何か大事な部分が見えなくなってるような、頭ではそこに線しかないとわかっていても、すごく見にくい。

もちろん手書きで線を書き足せばよいことなのですが。

尚、自分で製本して、端を切ってしまった時のorzは半端ない。


拍手するべきなのか?

コンサートが始まる時に、演奏者がステージ上にいることを「板付き」といいます。
もともとは舞台用語で、緞帳(幕)が上がった時に役者が舞台上にいることをいいますが、緞帳のないオーケストラの演奏会ではステージ明りが決まった時に演奏者がすでにステージ上の席についている場合を指します。
この場合は客電もステージも薄暗い明りの中で一人また一人と出て行って、ステージ上で音だし(指慣らしなど)をしています。


そうでない場合、演奏者はステージ袖で待機していて、ステージマネージャーの指示があったら入場となります。

この時、観客は拍手をするべきかどうか?

本格的な拍手はチューニングの後の指揮者の入場とともにあり、どちらかといえばこのオケのメンバーは裏方的コソコソ感漂う入場なので見ているほうも「していいものか?」といった迷いがある拍手であることが多い。

そして悲しいかな、コントラバスが入場する最後のほうには、ほとんど拍手も途切れてしまっている。


イザ、本番!

拍手がなければないで構わないが、もちろんあれば嬉しい。
本当はどっちなんでしょう?


終演後の退場時には大きな拍手をいただけることが多い。


風が吹くとき

コントラバス弾きにとって、何度弾いても緊張するのがベートーベンの第九交響曲の4楽章の冒頭部分。
静かな第3楽章が終わり、その静けさをかき消すような激しいバス・チェロによるレチタティーボ。
それまでの音楽をすべて否定し、この交響曲のメインテーマである「喜びの歌」が導き出される大切な場面だ。
当然すべての観客は、この大活躍するバス・チェロに注目している。


そしていよいよ出てくる「喜びの歌」のテーマ。
バス・チェロはそのまま24小節にわたりそのテーマを弾く。
意地でも「チェロ・バス」と言わねえぞ。


このバスとチェロのどちらがウエイトを占めるか?
それは間違いなくバス。
ほとんどの指揮者はバスの音が主体でそこにチェロの音が乗っかったサウンドを要求する。


このテーマを演奏する時には、一瞬の予断も許さないほどの緊張感が要る。
24小節間、何の伴奏もなくひたすらバス・チェロのユニゾン。

やがてビオラやバスーンが加わり、主旋律を渡すと、バスパートはメインテーマを引き立てるオブリガートの役目を担う。
緊張がほぐれ、解き放たれた瞬間。
(この先に恐ろしいほどの難所が幾つもあるが)

明るい和音が響く中、汗の伝わるほほを涼しいがやさしく通り過ぎてゆく。
まるでさわやかな5月のそよ風

第九は何故か途中で風が吹く。


じつはこの第九交響曲、3楽章から4楽章の冒頭部分は非常に静かな部分が多いため、会場の空調を切っていることが多い。
第4楽章もメインテーマが出て、和音が重なってゆくこの辺りで再び空調入れることが多いのだ。


いきなり5弦はきついが・・・

オーケストラによっては貸していただける楽器が5弦だったりします。
弦楽器は通常4弦(5弦仕様があるのは特殊なバイオリンくらい)だが、コントラバスは普通にあります。
通常の調弦に加え、下に低い弦が追加されるので、ちょうどチェロの1オクターブ下までカバーすることが出来ます。

弦が5本もあるということはネックはそれなりに太くなり、楽器のボディも強化されて大きくなり、当然音量音色とも申し分なく向上するのだが、その分抵抗感も半端ない。

いつもの感覚で音を出しても楽器がしっかりと鳴ってくれないこともあり、かといって力でねじ伏せるにも相手が強すぎる。
丁寧に、基本に忠実に音を鳴らす必要がある。

そして弦が1本増えただけとは言うものの、どの弦を押さえてどの弦を弓で弾くか、最初のうちは混乱が生じる。

 左手でネックを持った時に弦に触れる感覚(高音弦側からの手触り)と右手の感覚(低音弦側からの感覚)に違いがあるので、馴れないと左手で押さえた弦と違う弦を弾いてしまったりすることもある。


見る角度によっては4弦?

 目で見て確認しようにも、角度によっては弦が重なって見えて一瞬戸惑う。
実際には演奏中に見ている余裕はほとんどないので、触れている左右の手の感覚だけが頼り。
音を出す前に、本当にこの場所で合っているのか、慎重に弾かざるをえない。


かくして最初のうちは普通の4弦を弾くよりも倍くらい疲れる


それでもしばらく弾いているとすっかり馴れてしまうのだから、人間の適応力はすごいものだ。


テレビに映らないコントラバス

オーケストラやオペラの演奏会に、場合によってはテレビカメラが入ることもある。
それは民放のテレビ局だったり、地元のケーブルテレビだったり、記録DVD用の録画カメラだったりする。

カメラがいると考えると一瞬緊張するが、いざ演奏が始まればいようがいまいが関係なく、いつも通りに演奏する。
客席から見てもテレビで見ても何ら違いはない。
とはいうものの、一瞬でもテレビに映っていると嬉しい。


ところがコントラバスはなかなか映らない。


これは他のオーケストラの中継番組でも当てはまる。
いちばん見たいコントラバスがなかなか見られない。

最もよく映るアングルは客席から見た指揮者が中心の全体図で、コントラバスはかろうじて存在がわかる豆ほどの大きさ。
そこから画面がだんだん大きくなると、隅っこのコントラバスは最初に画面から追い出される。
指揮者から画面がゆっくり右方向へとスライドし、ビオラやチェロをゆっくり映してゆき、さあいよいよコントラバスというところでだいたい画面が切り替わる
他の楽器と同じズームで映すと、楽器がでかくて画面からはみ出てしまうのかもしれない。


ティンパニから一直線に金管楽器が並ぶ様は壮観でテレビ的にもよくある光景。
その向こうに並ぶコントラバスは決まってピンボケ
懸命に弾いているチェロやビオラの向こうに見えるコントラバス奏者の
舞台下手の袖から指揮者の横顔を映した時に、遠くに亡霊のように浮かんだコントラバスの人の顔。
オペラの場合、コントラバスのヘッドの部分だけが画面下に浮かんでいることもある。

そしてようやく映ったかと思えば手だけのアップや駒の部分のアップだけだったりします。

うしろ姿だったりね・・・。


照明で苦労することもある

オーケストラでは上手側(客席から見て右側)に配置されることが多いコントラバス。
ホールによっては下手側からの照明がちょうど指揮者の上方にあり、モロに目潰しとなることもある。

照明はなかなか難しい。
照らさなければステージは明るくならないし、かといって直接照らせば眩しい。
そんな時は照度を落としたり向きを変えたりして何とか凌ぐ。
また、直接の目潰しでなくとも、鉛筆の書き込みが光って見づらかったりしても演奏に支障が出る。


ある本番で管楽器奏者から照明に関して苦情が出た。
その日の本番はピアノ協奏曲
ピアノの大きな反響版に、真上からの照明が映って眩しいのだそうな。
なるほど、その感覚はなかった。

結局、本番中はピアノの蓋の上側に黒い布を張って反射を防いでいた。
(観客席からは見えない)


ホールによっては、ゲネプロ時(本番前のリハーサル)には本明かり(本番と同じ照明)ではなく薄暗い照明で、いきなり本番になって眩しいことが発覚することもある。
しかし時すでに遅し。
そんな時は何とか目を細めて凌ぐしかない。

特に歌謡曲の歌伴の時には歌手にスポットライトが当たるので、その延長線上に来てしまうと眩しい時もある。


絶対に壊れない自信がある?

人は、例えばそこにバイオリンが置いてあった場合、決して触ろうとしない
フルートが置いてあっても、ちょっと手にとって吹いてみようとはしない。

ピカピカに光る楽器はいかにも高価で、繊細で複雑そうなキーが並んだ楽器は、不用意に触って傷でもつけたら大変と思い手を出さない。
バイオリンには何億円もするものがあるということは、ストラディバリの名前を知らない人でも知っている。
まさかそんな高い名器がそこらにあるとは思わないだろうが、見た目がボロボロでも想像を絶するほど高価なもがあると知られている。

つまり人は「壊れそうなもの」や「高価そうなもの」には迂闊に手を出さない。


ところが何故かコントラバスには手を出す
スタンドに立っていると、大抵の人は手を伸ばしボーンと弦を弾いてゆく。


ボーン!

でかくてゴツイのでちょっとやそっとでは壊れないもののように見えるのだろうか。
コントラバスにも高価なものはあるのだけれども・・・。


ああ、なるほど・・・

 初心者を教えていると、自分では気がつかなかった発見もある。
 どんなところが難しいのか?自分では苦労しなかったが、人によっては難しく感じるところなどあるようで、できるだけわかりやすいレッスンをしようと目指している自分にとって勉強になることも多い。

ある学校の初心者講習会でレッスンをした祭、生徒が記譜の音から1オクターブ間違えるという不思議な現象があった。

 はて?線や間隔を間違える(ヘ音記号をト音記号読みなど)ことや、押さえた弦と違う弦を弓で弾いてしまうということなら考えられなくもないが、音はあっているのにきっちり1オクターブズレていたりするのは何故だろう?

 最初は意図的に高さを変えているのかと思いました。つまり弾きにくかったり跳躍が難しいために簡単にしてあるのかと思ったのだが、わざわざ難しくなっていたり、どうもそうでもなさそうだ。
 しかも同じ人が同じ箇所で間違えるだけだと思ったら、何人もの生徒が間違える。


不思議なこともあるもんだ。


理由がわかって納得。
彼らは音符を追って弾いていたのではなく、その上にある手書きのドレミを読んで弾いていたのでした。


稼ぎ時

演奏の仕事というのは世間の人々の生活と逆行することが多い。
演奏会の大抵は土曜か日曜などの休日であり、盆暮れ正月も仕事で埋まることも珍しくない。
クリスマスイブが休みだった年はどれくらい昔のことだっただろうか?

レッスンもまた然り。
生徒さんが仕事の時はレッスンができない(当たり前だが)ので、世間の人々が仕事を終える時間からが忙しくなる。


そんなに大きいですか?

「大きいねえ」
コントラバスを間近に見た人からは、決まってこの言葉が口に出る。(社交辞令を含む)

ところが実際にやっている人間からすると、この楽器は大きいとも思わない

もしあなたが映画好きなら、リビングに圧倒的存在感を誇る巨大なテレビモニターも邪魔ではなく、もしピアニストならば部屋の真ん中を占領するグランドピアノを大きいとも思わないはず。
そのものが、生活の中心であるからだ。

しかし、誰が言ったか「コントラバスは家具である」という名(迷)言があるのも事実。


「運ぶのが大変ではないか?」
との質問もよく受ける。
「ええ、大変です」
とは答えるものの、実際には大変と思ったことのほうが少ない。
何せこれを運ばなければ仕事にもならず、運搬も仕事のうちと考えている。


高さはおよそ190cmあります。


本番会場を間違えた!

 フリーの仕事はどんなに遠い会場での本番でも、現地集合現地解散が基本。たとえ送迎バスがあっても、コントラバスの人は楽器の運搬があるので自家用車で直接会場入りすることが多い。

 そしてこの仕事には集合時間がない。というより「音出し」という呼び名で、指揮者の棒が降りて合奏が始まる時間が指定されている。例えば準備が必要なパートや予めウォーミングアップが必要な人は、その時間を見越して早めに会場入りしておくのが常識となっている。

 それらの時間や場所、編成や曲目など必要な情報が書かれた仕事表(票?)という文書があらかじめ渡されているのだが、連日あちこちのホールを移動しまくっているとつい見落としてしまうこともある。


その日、会場に着いてみたらやけに静かだった。
いつもなら1時間前には他のメンバーがウォーミングアップをする音が聞こえる。
しかしその日は楽屋口にも人影はない。
(都市部のホールでは楽屋口には守衛がいて通行証がなければ入れない)
ホールの予定表を見ても全然違う公演名が書いてある。
これはおかしいと思い、仕事表で場所を確認すると

○○市文化会館ではなくて○○市民会館であった。

その他にも○○文化センター、○○公会堂、○○文化センター、○○公民館など似た様な名前が同じ市内に混在することがある。

大慌てで正しい場所を確認し、その会場へと向かう。
幸いにも正しい会場は間違えた会場のすぐ近くだったのでことなきを得たが、何があってもいいように早めに会場入りする習慣は必要だと感じた一件であった・・・。


予定帖

フリーの仕事をしている者にとって、スケジュールの管理は最重要。
今年もシステム手帳の中身を一新します

新品の中身。
入手時期によってはどこも売り切れで争奪戦が激しい。

使い始めるにあたって、大事な作業が・・・。


くしゃ!

わっ!何をなさるのですか?せっかくきれいな新品を!

これは使い古された辞書のようにするテクニック。

この予定帖を使う場面では出先だったり電話を持って片手がふさがっていたりと、何かと条件が悪いことが多いので、咄嗟にめくりやすくするためにわざと皺にしてページがくっつかないように工夫して使います。


しまった、見られた!

 演奏の仕事というのは、本番を演奏してギャラをいただくというのがお仕事なのだが、時としてギャラ以外に粋な取り計らいがある時がある。

 その日は暑い夏の日、縁あってお寺の本堂にてコンサートのお仕事。大きなお寺で、境内では多くの出店が並んでお祭り状態、大層賑わいを見せていた。
 本堂の中は冷房がなく、そんな中衣装を着たオーケストラの演奏者は皆汗だくで演奏をしていた。(真夏なのにタキシード!)

演奏会は滞りなく終了し、ふとギャラの袋の中を見ると、見慣れない紙片が入っている。
どうやら境内で行われている出店の金券らしい。


とはいうものの、夜本番の終演後にはそろそろ祭りも終わりに近づき、売り切れや片付けをしているところもある。
そして夕食はつい先ほど本番前に出たばっかりなので腹も減っていない。
さて何に使おうか?

 ちょうど目に留まったのは冷たく冷えたジュース。これはちょうどいい、本番で大汗をかいた直後だったのでありがたい、しかも余ったらすべて持って帰ることが出来る。
 もらったチケットはすべてペットボトルの飲み物になり、演奏者はその多量のボトルを両手に抱えて帰っていった。


そんな所を見られていたらしい。

後日、お中元としてジュースの詰め合わせが届いた。


チェロ・バスの人にしか判らない?

ザーイテン、シュルンゲン、ミーリーオーネン・・・

ミーの伸ばしの音は偶然にもである。


(ベートーベンの第九の一節より)


どこが鯨?

秋になると「芸術の秋」ということで学校での演奏会が多い。

 移動音楽教室、通称音教(おんきょう)というのだが、生まれて初めてオーケストラを生で見たのはこの音教だったという人も多いのではないでしょうか?
 プログラムはどこかで聴いたことのある有名な曲がメイン、楽器紹介や指揮者コーナーなどイベント的な内容あり、生徒達が歌う合唱の伴奏をすることもある。


 そんな中で楽器紹介のコーナー、「弦楽器の弓の毛が何から出来ているか?」という質問に対して、結構な確立で鯨のひげと答える子供達が多かった。

どうやら国民的なマンガで紹介されていることが原因らしい。

 原典は見ていないので詳しくは知らないが、誰もが知る有名なマンガ(未来から来たタヌキ型機械獣と少年達が巻き起こす様々なエピソード)の中に、バイオリンを弾く少女に怪しげな光線を当てたところ、原材料である鯨が出現してしまうといった内容らしい。

 恐らく現在の出版本では修正されているとは思うので、その内容を知る世代は限られているのかもしれない。その証拠に鯨のひげとの答えは徐々に減ってきて、今ではほとんど正解を答える子供達が多い。

 弦楽器の弓の毛は昔から馬の尻尾の毛が使われていた。元々狩猟用の弓矢に滑り止めとして松脂を塗っていたというのだから、すでに楽器としての機能を備えている。

では作者が勘違いしたのか?

じつは鯨が使われることがある。

 
銀線巻きと鯨(イミテーション)巻き

 弓の毛ではなくラッピングという部分、銀線や革を巻いて重さの調節や指の当たる場所の保護がしてあるが、装飾的な意味で鯨のひげを巻いていたこともある。現在の弓はイミテーションなので鯨は出てこない。
 実際に鯨のひげが巻かれているのは、昔からあるオールドの高級弓ということになる。


ああ、またですかい。

 合奏においてのコントラバスの役割は、和音に厚みを作り響きを重厚にすること。チェロのちょうど1オクターブ下をなぞるように演奏することが多く、それが「コントラ」バスたる名前のゆえんでもある。(コントラとは英語でダブルの意味。チェロのさらに下という意味。)

 めまぐるしく音楽が変化するオーケストラの中で、コントラバスが加わる場所というのは、明らかにそれまでと違った厚みのある響きへと変化する音楽の小さな節目にも当たる。

これは何を意味するか?

音楽の節目ということは、合奏練習において指揮者がちょうど止めるのに都合のいい場所

練習中、長い休み(休止)があって指折り小節を数えいよいよコントラバスの出番、いざ弾かんと構えた途端・・・


弾こうと思って構えたら止められる、もしくは一音弾いたら止められる。

こんなことはもう慣れっこ。


どんなゴルフだ?

もはや馴れてしまったので、自分でも特に珍しい光景とも思わなくなったが、この巨大なコントラバスという楽器は日常あまり抱えて歩く姿をお目にかかることが少ない。
もし見かけたら、大抵の人はその大きさに圧倒されると同時に、重そうな物を運ぶ姿に感心される(そんなに重くはないんですけどね)。

知っている人ならば「ああ、あれはバイオリンのおばけでボンボンとやるやつだ」とすぐに判るが、その知識のない人から見たらどんな風に写るのだろうか?

ある日楽器を抱えて住宅街を歩いていると、何やら後ろの方ですれ違った小学生数人がヒソヒソと話している。


「絶対ゴルフだよ」


(違う!)

(違う!)


結構怖いのですよ

アマチュアのオーケストラや合唱団の伴奏の仕事に行く時に気をつけなければならないのは事故
楽器を蹴られた、倒された、ぶつけられた、など悲惨な話はよく聞く。

通常、音楽家仲間しかいないステージ上では、お互いに楽器の存在を意識して気をつけているのであまり事故はおきないが、一般の人々と交錯する仕事ではなかなか注意が要る。
楽器の横を平気で走り抜けたり、椅子や譜面台を運ぶのにぶつかりそうなほど近くを通ってヒヤヒヤすることも多く、休憩時間の楽器の置き場所にも気を使う。

音楽の仕事をしない人でも、バイオリンは何億という名器が世の中に存在して、楽器が高価なのは知られている。
しかし金額の問題ではなく、音楽家にとってどれくらい楽器が大事なのかあまり理解されていない。

さらに小さな楽器は高価なもの壊れやすいものという認識だが、巨大なコントラバスに関しては傷だらけのボロい楽器なので、少々傷つこうが気にしないと思われているふしがある。
演奏中に隣の人の楽器に弓先が当たることもたいした問題ではないのかもしれない。

以前アマチュアの人に
「ちょっと楽器にぶつかっただけなのにどうして目くじら立てるのだ?」
真顔で聞かれたことがある。

「車と同じですよ」
と説明する。

せめてそれが最も判りやすく伝わる説明。

車なら修理が効くし、替わりはいくらでもある。
楽器はない。


脇役なのだけども

コンチェルト(ピアノ協奏曲やバイオリン協奏曲など、ソロ楽器とオーケストラの競演)のようなステージの場合、主役は当然ソリストである。
それは指揮者よりも格が上であり、実際の音楽的重要度はともかくとして、最も注目を浴びるように入退場の順番も優先されている。


演奏が終わるとソリストが客席に向かって頭を下げる。
客席は精一杯ソリストの演奏を讃え拍手をする。
オーケストラのメンバーも楽器の一部を叩いたり足を踏み鳴らしたりと、讃える意思を表明する。

続いて指揮者も頭を下げる。

ソリストは何度も舞台袖から出入りして拍手を浴びる。
いわゆるカーテンコールというやつだ。

その間にオーケストラのメンバーは、ずっとステージ上で座っている。


そしてようやく最後にオーケストラが立ち上がる。

会場は今までよりも一際大きな拍手になる。


ちょっとうれしい。


新鮮な響き

 オーケストラ内において、コントラバスの位置は客席から見てステージ右側の端、すなわち舞台上手(かみて)側に位置することが多い。
 ステージの端にいるうえ、ほぼ立った姿勢で演奏するので目線が高い位置にあり、指揮者と同じ様に他のパートをすべて一望できる。
 コントラバスは小節頭拍の重要な音をつかさどる事が多いので、合奏全体を見渡してオーケストラ全体をまとめる役割も担っている。そのために同じくステージの左端(下手側)の遠く離れたティンパニ奏者とコンタクトをとることもしばしば。


だいたいこんな光景


しかし中には変則的なセッティングもあり、以前お手伝いさせていただいたオーケストラではコントラバスが舞台下手側のファーストバイオリンの横ということもあった。

いつもと正反対の位置になると、プルトの表裏が逆なのも違和感が大きいが、いつもは対岸から聞こえてくるファーストバイオリンの音が目の前で聞こえる。

すげー、この人たちこんな高い音弾いてるよ。
指揮者の顔の左半分はこうなっていたのか。

いや、もちろん判っていたことなのだが・・・

弦楽器奏者は二人一組で1プルトと数える。二人は表と裏というように別れ、譜めくりなどの役割を分担している。観客に近い方が表。


床がすべる!

 チェロとコントラバスには楽器の下部に付いているエンドピンという金属性の棒。この先端が磨耗して丸くなっていたり、床が非常に固い素材だったりすると、しっかりと刺さらずに楽器が固定されすに苦労することもある。

 自分の楽器ならばいつもの状態なので問題ないが、借りた楽器がそうだと慣れずに困ることもある。特に大きな音で一発ブンと鳴らした後に、一瞬遅れたテンポでエンドピンが滑りガクッと楽器が傾く。周りのメンバーは必死で笑いをこらえる



 あるオーケストラ(誰もが知るプロオケでしたが)でお借りした楽器は見事にエンドピンの先が丸くなっていた。この丸さなら、下手をすると床に刺さずに保護のためのゴムキャップをつけたままのほうが滑らないかもしれない、そう思って楽器ケースのポケットをまさぐってみると・・・。

そこから出てきたのはエンドピンゴムではなく一本のヤスリ
どうもその楽器を借りる人は歴代、自分で削って鋭くするのが風習らしい。

もちろん削りましたとも!


学校にレッスンに行くとよくある状態のコントラバス

学校の吹奏楽部の生徒をレッスンしに出向くことがあるが、大抵はかなりひどい状態の楽器が出てくる。
壊れていない楽器はないと断言できるほどの確立で、必ずどこかがやられている。

顧問の先生も、コントラバスのことをよくわかっていない場合も多く、修理の予算も下りずに放置されている楽器も多い。


そんな状態で、非常によくあるトラブル集、ベスト5(当社比)の発表!
(順位は完全に独断です)

第5位・・・割れている、剥がれている。

 縁が欠けている程度ならばまだいいほうで、横板に穴が開いていたり、剥がれた所から中が見えたりする楽器もある。剥がれた所の隙間が開いておらず、ノックしなければ見つからないような場所はビリビリと雑音が出るまで見つからないことが多い。f孔に弓を突っ込んで運ぶ習慣がある学校で、どこかに引っ掛けてf孔の縁を欠いてしまった楽器も見たことがある。

第4位・・・・・・エンドピンのゴムがない

 通常エンドピンは先端が針になっていてステージの木の床に刺して使うが、学校でよく使われている楽器では先が丸まっていることも多い。そこにゴムがかぶせてあるのだが、そのゴムは当然消耗品、中にはすっかり磨り減って金属のエンドピンがむき出しているものもある。こうなると床が滑って楽器を傾けて弾くことができなくなる。

第3位・・・・・・・・・・・・・・弦が古すぎる

 話を聞くと歴代先輩方の間でも弦交換をしたという伝説は残っておらず、買った時の弦が10年間そのままということもあった。弦が傷んでいる場合も多い。駒の上の部分がぶつけて弦がひしゃげていたり、巻きがほつれていると楽器に与える損傷も大きい。錆びが浮いてザラザラの弦はシフトチェンジすら厳しく弓で弾いてもまともな演奏は不可能。弦交換だけでも20分くらいはかかってしまう。ましてや糸巻きの状態も大抵悪いのでなおさら時間がかかる。

第2位・・・糸巻きが緩んで雑音がする

 国産の有名なメーカーの入門用の楽器に多く、糸巻きのツマミが削り出しや溶接ではないために長年の使用で緩んで雑音が出るようになってしまっている。ボンドで止めたりテープを巻いたりと苦労している学校は多いが、残念ながらほとんど解決していない。楽器をしっかり鳴らせば鳴らすほど緩んだところがビリビリと雑音をたてるので、レッスンがはかどらないことこの上ない。

第1位・・・・・・駒が上に曲がっている

 駒周りのトラブルが最も多い。大抵は弦に引っ張られて上方向に傾いてくる。この傾きを時々修正してやることは弦楽器には不可欠なことなのだが、残念ながら実践しているところはほとんどなく、大抵は駒自体が曲がってしまっている。ひどい場合には折れてしまい、ボンドやガムテープで止めてあることも。また、左手の押さえにくさから駒を削って弦高を下げてしまい、大抵は下げすぎて弾きにくい状態になってしまっている。いずれにせよ駒は位置を直すだけでは足りず、大修理が必要な場合もある。


かわいそうなことに、楽器の状態があまりにも悪く、満足な練習も出来ずに上手い下手以前の問題のことがほとんど。
レッスンに行ったはいいが、肝心の楽器が演奏不能でレッスンよりも楽器の修理調整に時間をほとんどとられてしまうこともある。


コントラバスは弦や弓の毛といった消耗品の他は、しっかりとメンテナンスしていればそんなに維持費はかからない。
しかし無知なゆえにメンテナンスを怠るとひどいことになってしまい、大変な出費を強いられる。
出来るだけ短期間で定期的なメンテナンスを、学校もなんとか予算をとりつけて欲しいものだ。



番外・・・・・・指板に印が書いてある

書いてあるのはよくあることなのだが、残念ながらその位置が間違っていることが多い。



エンドピンが曲がった!


これがエンドピン。
楽器の下部にあり、床に刺して使います。


 その日、本番のため電車で会場に向かっていたところ、先に会場に着いた同僚から不吉な知らせがあった。
 楽器は前日の練習会場から専用のトラックで運搬を任せていたので、その日は弓だけ持って本番衣装のまま会場ヘ向かったのだが、電話の内容によるとエンドピンが曲がってしまったらしい。

エンドピンが曲がった?

 エンドピンが曲がったと聞いて、真っ先に思ったのが運搬中にエンドピンが抜け出てしまい、それがどこかに引っかかって曲がってしまったのではないか。だとするとエンドピンを固定している楽器本体の損傷も心配だ。

電話だけでは状況がわからないので早速会場について見てみると・・・。

本当に曲がっているーーーーー!


再現映像。
このくらい曲がっていた。


しかし、奇跡的にというかどういうわけだが、楽器本体のほうには損傷はなかった。
おそらくエンドピンが完全に抜け落ちてしまってから曲がったと思われる。

損害がエンドピンのみと判ってほっとしたのも束の間、このままでは演奏不能
曲がった部分まで本体に挿せなくもないが、これではまるでトルトリエピック。
本番前のゲネプロの時間は迫る。
幸い最初の数曲は降り番なので出番はないが、本番までにこの曲がったエンドピンを何とかしなければならない。


とりあえず近所の楽器店まで走り、リペア室の巨大な万力で挟み曲がりを直す。
しかし渾身の力で体重を掛けても、なかなか真っ直ぐにはならない。
(エンドピンは少しでも曲がっていると楽器に入らない。)

とても人の力では曲がらない。

真っ直ぐにならないのならば仕方がない、曲がった部分を切る!

迫る時間に焦りながら、汗だくになってヤスリと鉄ノコを駆使し、ステージ衣装のまま一心不乱に鉄ノコを動かす。
これから本番のチャイコの6番1楽章のトレモロよりも早く動かし、何とかぶった切ることに成功。

そして再び会場まで走る走る
何とかゲネプロ開始までに間に合った。

ぶった切ったエンドピンはそのまま楽器に無事装着、何事もなかったかのごとく本番を終えた。



しかし、一体どういう事故が起こってこの太い鉄の棒が曲がったというのか?

恐らく、抜け落ちたエンドピンは地面に転がり、トラックに踏まれたのではないだろうか?

 エンドピンの緩み、楽器の固定は前日に演奏者自ら行ったので、パラシュートと同じですべて自己責任、運搬した人や業者を責めるわけにはいかない(パラシュートは使う本人がたたむのが原則、万一開かなかった場合は本人の責任)。

ぶった切ったエンドピンはその分短くはなったが、演奏には全く支障のない長さは残っており、重量が軽くなった分若干楽器の音が明るくなったような気がする。
まさしくケガの功名。

そう思って納得するしかない。


こうして運ばれてくる

 あの巨大なコントラバスは、何かと運搬という問題がついて回る。

 個人持ちの楽器が修理などで店や工房に持ち込まなければならない場合、遠方だったりすると運送便のお世話になる。

 こんな場合、
1・・・貸し出し用の空のハードケースを送ってもらい、
2・・・・・・・・・・・・・・そのケースに楽器を入れて送り、
3・・・・・・・修理が終わるとハードケースと共に届き、
4・・・・・・・・・・・・・・・・・空のハードケースを返送する。
つまりケースを含め2往復分の料金がかかってしまう。

コントラバスのハードケースは、下手をすると一人では持ち上がらないほど大きくて重く、個人の保管や運搬用とはとても考えられないような代物。
あの大きな楽器がすっぽり入るということは当然高さは2mを超え、人間すら余裕で入る大きさ。



 修理用のハードケースは顧客と店の往復を想定しているが、新作楽器がメーカーから送られてくるような一方通行の場合、(メーカーにもよるが)巨大なダンボールや頑丈な木枠に入ってくることが多い。

 
某国産のメーカから届いた状態。

天井に届きそうな高さ、中も外も木なので重さは大して重くはないが、ささくれだらけの木材で作られた木枠はとっても持ちにくい。
この木枠ごと横に寝かし、楽器を固定してある帯をすべて切り、底板をはずし楽器を引きずり出す。

無事に中の楽器を受け取った後は、ひたすらバールのようなものを使って解体作業が待っている。


演奏中の招かざる客


芸術の季節になると学校での演奏という仕事も多い。
オーケストラが学校へ出向き、体育館で演奏して鑑賞する「移動音楽教室」、通称音教(おんきょう)というイベント。
プログラムは親しみやすい曲目で、楽器紹介や生徒達の合唱の伴奏をすることもある。

学校の体育館に全校生徒とオーケストラと教員と保護者が詰め込まれるわけなので当然暑い
そして当然ながら学校の体育館には冷房はなく、窓は全開の状態、いろいろなものが舞い込んでくる。

迷い込んで出られなくなったスズメが上空を飛びまわる中で演奏したこともある。


ある本番で、調弦をしようと楽器の糸巻きを見上げたら、何と楽器のヘッドの部分に一匹の蜂がとまっていた。

 コントラバスのヘッドは頭よりも遥か上空にあるので演奏中いつとまったのかは不明だが、これから演奏という時、下手に追い払って会場中がパニックになってもいけない。
 どうせしばらくしたらそのままどこかへ飛んでいってしまうだろうと思い、しょうがないのでそのまま演奏を続けた


数曲弾き終えて、見上げるとまだいる。
息を吹きかけても飛んでゆく気配すらない。


結局その蜂は本番が終わるまでずっと楽器にくっついたままで、蜂をつけたままの楽器を持って退場、会場の外の渡り廊下で弾き飛ばした。


弓を忘れた!


オーケストラのコントラバス奏者は、楽器は楽団のものを借りて弾くことも多い。
運搬は専用のトラックで運搬係がいる場合でも、弓は自前というのが基本。


ある練習日、プルトの裏の相方が持って来た弓ケースを開けて青くなった。

「弓を忘れた!」

連日の仕事だったが、前夜は弓を持ち帰り、自宅で予備の楽器を使って練習してそのままケースに入れ忘れたらしい。
こんな時、2本入りの弓ケースを持っている人が予備の弓を持っていれば、何とかお願いして貸していたくことも可能だが・・・

その日は偶然にも他のメンバーが弓の見せ合いのため何本も持ってきていたのでその人に借りて事なきを得た。


しかし、演奏するのに最も大事な弓を忘れるとは・・・
実はよくある話。

しかも楽器を忘れたという前代未聞の失態をしでかしたことがある。


楽器を忘れた!


楽器を弾きに来たのに、楽器を忘れるとは何事か?

例えばハードケースにでも入っていて、見た目は入っているか判らないような状態だと、空のケースだけ持ってきてしまったという事もある。
超軽量のチェロケースだと楽器が中に入っていても軽いので、気付かずに空のケースを持ってきてしまうこともありうる。
しかし、ひと抱えもある巨大なコントラバスをいったいどのようにしたら忘れてくるというのか?

実はその楽団の所有する楽器に限りがあり、足りない分は演奏者が自前の楽器を持って行くことになっていた。
たまたまその日は自前の楽器を持ってゆくはずだったが、ついうっかり借りれるものとばっかり思い込んでいた。


幸いその日は本番ではなく合わせ練習の日、結局会場に一番近い人が車を走らせ、家から自前の楽器を持ってきてくれた。

猛烈に感謝である。


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