団九郎の岩屋



猿投七滝の上流に団九郎の岩屋と呼ばれる石の洞窟があるらしい。

概念図で×印になっている先の辺り。


団九郎とは、むかしむかし江戸時初期、猿投古道に出没した山賊で人々に恐れられていました。
この話を聞いた武士・白井権八が猿投山に乗り込み、団九郎一味を滅ぼしたという伝説があります。


前回訪れた時には、七滝を巡ることがメインだったのでこの団九郎の岩屋へは行かなかった。


しかし、やはりどんなものか気になる。
猿投王たるもの、猿投山のことをよく知らないでは気がすまないので、再び訪れることにしました。


某月某日。

天気は小雨。


なにやら神の怒りに触れたらしく、前日までの秋晴れがまるでウソだったような暗雲が立ち込め、も鳴っていた。

完全に夫婦のどちらかが雨男か雨女



案内では「この先道路崩壊の為通行できません」とのことだが、徒歩なら行けそうである。

確か頑丈な車止めのバリケードがあったはずだが、何故か突破されている。


薄暗い森の中を進みます。


虫がぶんぶん飛び回っている上、小雨が降っているので妙な物がたくさん写っています。

森の中は薄暗いので見難い画像やブレた画像がありますが悪しからずご了承ください。




道は、自動車が通れるほどの幅だが、瓦礫が多く歩き難い。
道の左側には川が流れています。



数分歩くと現れるのは血洗いの滝
猿投七滝の一番上流にある滝。

この不気味な名前は、団九郎がここで刀の血を洗ったという伝説からついたらしいのだが・・・。


しかしこの滝、以前に訪れた時に周囲の地形から見て妙な違和感を感じたが、どうも天然の流れとは考え難い。


川は道の左側に位置し、道は左にカーブしてすぐに滝の上流部の川と並行する。

この写真で道と滝の間にはがある。
谷はこの滝の滝壺の水面と同じくらいの深さがある。

恐らく過去に川の水はこの谷を流れていた時期があったと思われる。


滝のすぐ上流には護岸工事がしてあった。

放っとくと川の水は当然低きほうへ流れ、滝を迂回してしまうのだろう。


それにしても団九郎、わざわざ中途半端なこの場所で刀を洗う必要があったのか?
もっと下流で洗ってもいいだろうし、じつは岩屋のすぐそばにも川がある。




さらに道を辿る。


こ、こ、これは・・・

ひどい荒れようだ。


元々この道は広見林道という自動車が通れた道のようだが、今ではすっかり侵食されていて、もはやこれでは通行は不可能。
道路は管理しなければここまで荒れ果ててしまうのか、という見本のような道になってきた。

この猿投山界隈の地質は砂が多いので、雨によって激しく浸食されるのだろうか。
もう道というよりほとんど川。
ここも実際大雨の時には川となるのだろう。



途中右側から合流する道がありました。
覗き込むと奥まで続いています。
 
車が通れるほどの幅の結構立派な道のようだが、地図で確認すると500mほどで行き止まりになっているようです。









それにしてもこの道・・・








道路崩壊なんてもんじゃあない。
かつてここは道だったというのが信じられないほど、ほとんど原形をとどめていない

導水鉄管が埋められていたようです。
本来の路盤はすっかり失われ、1m近く掘り下げられてしまっています。

道路が崩壊しているというので路肩が崩れていたり埋まっていることを想像していたが、まさか路盤自体が流出しているとは・・・。


うーん信じられん・・・ここがかつて道だったのか。

なんかグランドキャニオンを見ているようだ。




ここまで荒れ果てた道にもタイヤの跡がある。
実はこの広見林道、オフロードバイクの人々には有名な道らしい。


この惨状は水の浸食によって自然にできたものか、人為的なものなのか・・・?






道が二手に分かれているところがありました。

本来の道は左の坂道のようだが、水の流れの浸食によって右側に大きな谷ができてしまっている。
好奇心旺盛な女が一人覗きこんでいる。



ぬかるんだ土の上になにやら獣の足跡が・・・

人の足跡と平行していたので犬連れハイキングの跡だろうか。
熊でなければいいのだが・・・。



道の脇には不気味なキノコが生えてるし・・・


もはや道は平らな部分のほうが少ない。

所々谷が深い場所があって危険だ・・・。





目の前に大きな岩が見えてきました。

林道だった頃は地面の下に埋もれていた岩であろう。
ここも1m以上掘り下げられてしまっている。



水が流れていれば、まるで大きな滝のような場所。

ここはどこかのサイトで見たことがあるぞ。
たしか「団九郎の壁」と名づけられた場所ではないか?

きっとオフロードバイクにとって有名な難所に違いない。

結構岩にコケた跡がある上、この辺り一帯が妙にオイルの臭いがする。
こんな所をバイクで通って無事なのだろうか?




この岩の滝の手前、右手の上方を見るとわかり難い案内看板が出ていた。



「団九郎の岩屋50m→」

右を見ると、どうやらここが団九郎の岩屋方面への入り口らしい。



谷底に向けて細いU字谷がまっすぐ下っている。

結構急な下り坂だ。
砂地なので滑りやすい。

下る途中に振り返って撮った写真。

道に沿ってコンクリート製の水路があった。
こうでもしなければこの山は大雨で浸食されてしまうのだろう。


谷を下りきると小さな小川があり、石の上をまたいで難なく渡ると、かすかな踏み跡を辿ってさらに上流へ進む。



すぐに大きな砂防堰堤が現れた。



一説によると団九郎の岩屋はこの砂防堰堤付近にあるらしいのだが、堰堤の右に登る道を発見。



堰堤を越えてさらに上流に行ってみることにしました。


堰堤上流には水は溜まっておらず、水は堰堤の小さな穴から素通り。


すぐ上流は岩の上を滑り落ちる滝となっていた。

これを滝と呼んでいいのか疑問であるが、結構な高さがある。
水量は少ないものの、実は猿投七滝よりも立派かもしれない。






しかし困ったことに、ここで道は途絶えていた。
沢を辿ればさらに上流に行けなくもなさそうだが、そんな装備はない。


さすが隠れ家だけあって、簡単には見つからないものなのか。
それともここ最近の大雨によって崩落して埋まってしまったのか。

いやいや、そんな簡単に埋まるものならとっくの昔に消滅しているだろうし、いくら盗賊の隠れ家といえどもそんな危険な所に住むわけはない。





ひとまず戻って砂防堰堤付近を見渡す。

対岸の大きな岩壁の上のほうに何やら黒い影が・・・。

あったーーー!



夏場は木々が茂ってわかりづらいが、対岸の上のほうに岩の隙間が見えた。
何の案内看板もないが、恐らくここに違いない。



川を渡り、急な土手を数メートル登るとその入り口はあった。

高い岩壁に大人が屈んで入れるほどの岩の隙間がぽっかりと口をあけている。



中を覗き込むと意外と奥が深いようだ。

暗くて見えん・・・。




あ、照らせばいいのか。




ほんの軽いハイキングのつもりだったので装備は極力軽装備にしてあった。
その中にはL0DとL1DとE1と新富士Gz(500GS版)とBF-198(ヘッデン)とスコーピオンが入っている。
(あほかーーー!!)



闇を切り裂くフィラメントライトの名器、スコーピオン!

中は少し登るようになっていて、入り口からは奥まで見渡すことができない。

激しくピンボケだがね奥さん!




ううむ・・・もう少し深そうだ。

何とか覗き込んでも、入り口からでは最深部までは見えず。
中からの風はないのでどこにも抜けている様子はない。



しっかし薄気味悪い・・・。

なかなか突入をためらう雰囲気の場所だ・・・。



ちらりと見たところ洞窟内の壁には蜘蛛がへばりつき、アブがブンブン音を立てて目の前を飛んでいる。
ジメジメ感はないがゲジ太郎もムカ太郎も居そうである。



そうこうしているうちに嫁が先人切って突入。

↑虫平気



洞窟は上へ向かって伸びているが、思ったほど広くはなく人がやっと通れるほど、すぐに最深部が照らし出された。

奥はおよそ5メートルほどで狭くなり、それ以上は進めなくなっていた。



しかし本当に団九郎はこんな所に棲んでいたのか?

見つからないように身を潜めるにしても、ここはあまりにも山の上なのだ。
ふもとの集落まで下山するだけでもかなりの距離がある。
それとも昔はこの辺りの道には、多くの旅人の往来があったのだろうか?





団九郎の岩屋は、昼間でも薄暗い山間の谷間に、ひっそりとありました。


洞窟内や洞窟周辺にも、もはや人の暮らしの面影は全く残っていない。
人里はなれたこの山の上で、一体どのような暮らしを営んでいたのだろうか。







小説やアニメの中も含め、日本でも海外でも山賊や海賊の伝説は多い。
おかげでドクロのマークの海賊船やヒゲ伸びまくりの船長や山賊は、恐怖よりも英雄のように語られている。

冷静に考えれば、他の船を襲って財宝を奪ったり山道で突如現れて旅人に「身ぐるみ置いていけ」というのはとっても悪いヤツらではないのか?

「山賊料理」や、「ヴァイキング料理」などと名前がついている海賊料理とて、憎むべき極悪犯人の名前がついた料理など喜んで食っている場合ではない。
そんなヤツらは恐れられていたなどと伝説なんかにせずに、大勢で押しかけてやっつけてしまうに限るのだが・・・。





色々と調べているうちに、興味深いことが判った。
山賊、海賊で検索すると料理関係のヒットが多いこと多いこと!


フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

「盗賊」

 盗賊(とうぞく)とは、法規から逸脱し、武装して掠奪・強奪行為を旨とする集団を指す。ほとんどの盗賊は多勢を以って形成し、首領格を中心とした組織を構成している。 構成員には、犯罪者、貧困層、反政府運動家などがいる。 人里離れた山中などに拠点を置く事が多いが、都市部では貧困層の生活する地域を拠点とする場合もある。古代より見られ、その存在は遠隔地交易の発達阻害要因でもあった。このため十分な力を持った領域支配者は治安維持と流通の安全のためしばしば盗賊の取締りを行なった。また、徳川家康などは盗賊を公儀側につかせ、他の盗賊などの取締をさせたりもしていた。


つまり、旅人に襲いかかるというより、通行料を取る代わりに安全な道案内や、他の盗賊から守る役も引き受けていたようである。

この団九郎一味がそうであったかは定かではないが、団九郎=善人説もあるらしい。




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