管理人の独り言13

ここは管理人しぶーのが日ごろ感じたことや気づいたことを徒然と書き綴るページです。

立派な○ンコ

いつものようにマウスを持つ手にまとわりつく我が家のオカメインコ。

おんや?頭の上に何かある。

もしやこれは立派な「つんこ」ではないか?


自慢(自虐?)ではないが、我が家のオカメインコは頭毛(ずげ)のびょろんがショボい。
わずか数本しか上に反っておらず、ほとんどが水平程度。

なので将来的に反りびょろんに育つツノに愛着を込めて「つんこ」と呼ぶ。

嫁は発音がアレと同じなのでやめいと言うが・・・。


伸びかけではかなり間抜けな状態になる。

このように上を向いたつんこは年に僅かしか生えてこないので大切に育てねば。



と、とっても期待に満ちた数日後・・・

つんこ消滅wwww!

ただのピロ毛たっだ。

(2018.5.9)


本当に起こる怪現象

「橋から川を見下ろしてはいけない。」

どこかでこんなふうに習った記憶がある。
理由は川に落ちるから。

水の流れをじっと見つめていると、なぜか引き寄せられて落ちてしまう
こんな怪現象が起こるので気をつけるように。

だそうだ。

川の流れに見入ってしまうと、ふと衝動的に自殺に駆られてしまうからなのか?

いや、多分もっと単純なことなのだと思う。
何ともオカルトチックで馬鹿らしいお話のようだが、しぶーのにはその実感があった。


時は今から数十年前。
しぶーのの幼稚園時代。

そのときは何故かプールサイドに並んで立つ状況になった。

まだプール開きにはなっていない季節、掃除のためだったのか何なのか記憶にないが、園児たちはプールサイドに立った。

日の光が反射してゆらゆらと動く水面、じっと眺めているとまるで思考が止まった様な妙な感覚に襲われる。

『おー、こりゃやべぇな・・・』

子供心に思った。
あまり見入るとふらふらと落ちそうだ。

その次の瞬間、ざぶんと豪快な音が響いた。

誰かが落ちたのだ。

あわてて助けに入る先生。
まあ幼稚園のプールなので深さはさほどもなく溺れることはない。
しかしプールの時間でもなく普段着のままの豪快なダイブ。

そして次の瞬間、また別の一人が落ちた

あわてふためく先生方。
そしてさらにもう一人が落ちた

慌てる先生の前で次々と落ちてゆく様子は、まるでお笑い番組のコントのようだった。

結局3人の児童が落ちた。
冗談のような本当の話である。

(2018.5.2)


どっちだった?

何気ない日常、ふと気になることが浮かぶことがある。

デコボコはどっちだったっけ?

起伏がある様子は漢字で凹凸

「おうとつ」と読む。

まあへこんだヤツでっぱったヤツだからね。
デコボコはでっぱったヤツとへこんだヤツでやはり凸凹らしい。

なるほどなるほど・・・。
と理解した頃には完全にゲシュタルト崩壊、もはやテトリスにしか見えん。


そして凸も凹もともに5画の漢字ということだが、正しい書き順は想像もできなかった。

正しい書き順・・・  


しかもこれに見えてくる。

会会会会会会
祟祟祟祟祟 
奥 奥奥奥奥
i

同 同 同 同

インベーダーゲーム・・・なんちって

(2018.4.28)


ごみは持ち帰り・・・

電車のロングシートにぼーっと座っていると、向かいのサラリーマン風の男が自分の背広の袖口に糸くずがついているのを発見。

それをつまむと、前方の床に落とした。

『あ、なんかイヤだな・・・。』

いや、別にそんなに悪いことではない。
電車の床に糸くずを落とすなど、たいして迷惑な話でもない。

ただ、公共の場にごみを捨てるようで、なんかイヤだ。

まあだからといって別に、咎め立てする様なことでもないんだけどね・・・。
たかだか糸くず、床に落ちてしまえばどこに行ったかも判らないほどの。


捨てられた糸くずはふよふよと漂い、そのサラリーマンのズボンの裾にぷとっと貼りついた。

心の中で

『よしっ!』

と思った。

(2018.4.12)


とっさに手にしたのは?

ある夜、風呂上りにネットなんぞ見つつ晩酌をくらっていると外からけたたましいクラクションの音が。

ひたすら鳴り続け、最初は何かのサイレンかと思った。
どこかで交通トラブルか、それにしては長い。

我が家のアパートの前には月極め駐車場やコインパーキングが広がっている。
時々盗難防止の警報クラクションが誤作動して鳴ることもある。

それにしてもいつまでも鳴り止まず、どうやら壊れたのか。
夜中の3時過ぎに住宅街でクラクションが壊れて鳴りっぱなすなど迷惑な話だ。


しばらく様子をうかがっていたが数分経っても鳴り止まない。

しかし本当に無人の車が壊れて鳴っているとしたらどうしようか。
ガラスをかち割ってヒューズを抜くしかないのか?それとも警察に通報して何とかしてもらうべきなのか。

「お前が見て来い」(要約)

と嫁の命令に、しかたなく懐中電灯を手にする。

駐車場はライトがいらないほど街灯が明るいが、こちらとて不審者でないアピールもせねばなるまい。
どうやら発生源は駐車場の隅にとめてあるワンボックス乗用車らしい。

エンジンがかかってスモールランプがついているその車に恐る恐る近づくと・・・。

運転席のハンドル付近になにやら男の生足が見える。
人が乗っている?まさか死んでねえよな?
と悩んでいる間にもやっかましいので意を決して窓ガラスをノックする。

男は動いた。

ライトを持つ右腕を伸ばし、こちらの顔も相手から見えるようにするため出来るだけ上空から足元を照らすようにする。

目を覚ました数秒間は何が起こっていたのか理解できずに固まっていたが、その後事態を把握できたらしくひたすら謝る。
どうやら酒に酔って車内で爆睡中に足がハンドルのクラクションを押したままの状態になってたようだ。

「寝とったんか?」
「すんません!すんません!」
「気ぃつけてね」

こんなやり取りがあり、単純に誤操作で事件性もなく事は収まった。

なぜズボンを脱いでいたのか酔っ払いのすることなのでいいとして、一番気になったのはその場にほかに誰もいなかったことだ。
てっきりクラクション鳴り続ける車を、叩き起こされた住人たちが腕組みしながら周りを囲んでいると思った。
しかし事件に巻き込まれるのを恐れたか、誰も出てきていないのだ。

ということはもし何らかのトラブルに巻き込まれてクラクションを鳴らし続けても、誰も助けに来ないということか。


さてこの時とっさに手にした懐中電灯は何か?
もしかすると不審者と一戦交えるかもしれないという危険な状態、ということは後で気がついた。

一応しぶーのは合気道初段は有しているがそれもとうの昔のこと、実践で役に立つ保証もない。
だとすると武器となるマグライト6Dを持っていくべきだったか。

マグライト最強はどれだ?

人間とっさに手にするのは、いつも愛用している一番信頼しているもの。

マグライト2Cだった。


しぶーのが手を伸ばすとすぐにあるライトたち。一番右が2C。

(2018.4.4)


そこに何かある

気がつくと春(ひゃる)なってしまっていた。

3月1日。

毎年思うことながら、2月28日と3月1日では大きな違いがある。
別に2月が29日で3月が30日でもいいはずなのに、やはりその日なのだ。

同じように、6月1日、9月1日、12月1日もそうだ。
いわゆる季節の変わり目


これが生き物のDNAに刻まれた繁殖に適した周期なのか?
古くはナイルの氾濫を予測するために発達したともされる暦だが、実際にはもっともっと以前から季節が巡ることを知っていた。

天文学では太陽の周りを公転する間、地軸のズレが季節を作り出す。
本来ならゆっくりと変化してゆくはずの季節が、ある日を境に劇的に変わる。

春分秋分冬至夏至、これらが暦の節目と一致しないのも興味深い。

(2018.3.7)


さよなら全裸さん

我が家の隣のアパートは、ちょうど駐車場の真横にリビングがくる。
そこにはおそらく単身赴任中と思われる、中年男性が独りで暮らしていた。

夜ともなれば風呂上りに下着一枚でソファーに横たわり、それはそれは御くつろぎの様子。
ソファーに横たわっているので見えるのは手足など体の一部のみ、下手をすると全裸のようにも見える。

そんな様子を我々夫婦は「全裸さん」と呼び、親しみを持っていた。

お断りしておくが、人様の生活を覗き見しているわけではない。


全裸さんが越してきたのはおよそ一年位前だったか。
どうせ仮住まいで昼は仕事、夜に帰って寝るだけの場所と割り切ったシンプルな生活。
ということだろうか、なぜか窓にカーテンがなかった

夜ともなれば水族館さながら、当然部屋の中は見事に丸見えになる。
全く気にもしないのか、我が家のアパートの階段を上がるすべての人々から丸見えポジションだ。

途中でカーテンがついたが、それも上半分だけで相変わらず下からは丸見え。
恐らく日よけのためにだろうか、それさえ夜には全開になっていることも多かった。

夜に出かけるときに自然に目に入るいつもの光景
冬でも暖房を効かせているのだろう、相変わらず目のやり場に困る生活っぷりだったが、我々もだいぶ慣れた。


そんな全裸さんもどこかへ転勤になったのだろうか、気がつくと空き部屋になっていた。
今は普通にカーテンが閉ざされた窓。

全裸さんは今もどこかでお元気だろうか?

(2018.2.26)


電話の終わりは近い?

休日、家にいると奇妙な電話がかかってくる。

大抵はなんらかのセールスの電話なのだが、こちらが要らないとの意思を見せるとああそうですかの一言もなくただブチっと切られる。

ある時あまりに無礼なので電話番号を調べたら、地元の塗装業者だった。
そして勝手にかけてきて一方的に切るということで、迷惑電話として有名になっていた。

そこまでしても電話にこだわる営業の見返りはあるのだろうか?


仕事の電話や大事な用件は大抵携帯にかかってくる。
自宅電話にかかってくるほとんどが、このようなものだ。

実家の父もナンバーが表示される機種にして、見覚えのないものには出ることさえしないそうだ。


こちらが何をしていようとお構いなく、けたたましく呼びつける。
気に入らなければファックユーとばかりに容赦なく遮断する。

便利なはずの電話、もはや災いの根源になりつつある。

(2018.2.20)


こ、これは・・・!

浜松での本番の帰り、のんびりと下道で帰る途中。
(浜名バイパスで一瞬ものすごく吹雪にあったが。)

道の駅潮見坂みつけたもの。

愛知県の誇る練り物メーカーヤマサが作っているカレーボール。

しぶーのが無知なだけか、このようなものは初めて知った。
さっそく二袋買って帰りおでんに入れたらすこぶる美味だった。

魚のすり身にジャガイモ天だろうか?カレー風味が豊かでグリンピースもいいアクセント。

今後の躍進に期待している!

(2018.2.15)


またまたウソを

2018年1月31日の夜、全国的に皆既月食だった。

欠け初めから皆既になるところまで何とか見ることができたが、そのうちに雲に隠れてぼんやりとしか見えなくなった。


日食月食があるたびに思い出す、幼少のころ母から聞いた話。
大昔には日食月食はが食べていると恐れられていた、と。

調べてみると確かにそのような言い伝えはあるようだ。

しかしお話としては面白いが、本当に信じていたと考えるのならば、昔の人類の知能を甘く見ていないか。


太古の昔から天文学は発達し、太陽月星の運行はしっかりと把握されていたはずである。

今、月と太陽が同じ方向にあることくらい周知で、軌道によってはぴったり重なったり影に入ったりすることも容易に想像がつく。
そして数分から数時間で、何事もなかったように元に戻ることも知っていたはずである。

むしろそのことを知りながら「何も知らない群集を怯えさせて何かを企んだ者がいた」というのが正しい歴史だろう。

(2018.2.1)


大雪のたびに思うこと

2018年1月24日夜。
名古屋地方は大雪に見舞われた。

目も開けられないほどの横殴りの雪は、見る見るうちに歩道を白く染め、都市機能が停止してゆく。

と、この程度は雪国の人にしてみれば笑ってしまうレベルなのだろうけども。


だが悲しいかな、我々は雪に慣れていない。

慎重に歩くものの、踏み出した足が滑り転びそうになることもしばしば。

前後に足を踏ん張り、何とか転倒を回避する。
そのたびにいつも思う。

あ、今オレ、


「人」

2018.1.25


歳をとったもんだ。

いつまでも若い気でいても、体は確実に歳を取っている。

ここ最近、冬になると指先にあかぎれができることが多くなった。

今までも確かにあったが、大抵はほっとけば気がつかぬうちに治っていた。


しかし治りが遅くなったというか、いつの間にか悪化していて、うっかりインコにかまれると地獄を見る。

楽器を弾く部分にできると(演奏中は痛みは感じないが)治るのが遅い。


意外といいのが瞬間接着剤。

ほんの少しつけて、裂け目全体をコーティングして治りを待つ。

数日後に風呂で軽石で削れば大抵きれいに治ってしまう。


そしてまたすぐできる

歳をとったもんだ。

(2018.1.13)


なんでだよ!

時々仕事柄、若い衆と呑みに行くことがある。

居酒屋で色々と注文するわけだが、さすがにこの歳になると重いメニューは少々キツい。
そんなおっさんを尻目に若い衆は、串カツや卵黄かけつくねや鶏のから揚げ、豚テキの鉄板焼きなど強烈なものを頼んでゆく。

正直、いらん

というわけで、まったくノーマークだったナスのヌカ漬けやきゅうりの昆布和え、ししゃもの塩焼きなどを注文する。
これで隅っこでのんびりと呑むとしようか。


ところがである。

料理が届くやいなや次々と箸が伸び、ちびちび大事に食おうと思っていたものが瞬く間に食われるのだ。

おまえら、最初から頼めよ。

(2017.12.30)


なぜこの時期に?


羽根が抜けだした。


しっぽの真ん中の一番長いやつ

オカメインコは年間通して明確な換羽期はないとは言うが、冬のこの時期に毎年結構な量の羽根が抜け替わる。


それにしてもこれから寒さも本格化してゆくこんな時期にわざわざ抜けなくても。
季節が間逆なオーストラリアの記憶が残っているというのだろうか?

だとすれば、ペットとしての長い歴史にもかかわらず、適応しなかったDNA情報の強さに驚くばかりである。


すっかり人の文明に馴染み「はやく点けろ」と申される。

(2017.12.13)


慣れが必要だが

愛車を車検に出した時に、修理屋から借りた代車が外車だった。

小型のFIAT PUNT、オートマ右ハンドルなので運転は難しくない。
しかし右ハンドルといえどもウインカーとワイパーは逆だった。

聞くところによるとこちらの方が世界標準なのだそうな。
日本車も海外輸出モデルはウインカーが左らしい。

何しろ生まれてはじめての外車の運転、頭では判っていても、咄嗟に操作すると虚しく空振りするワイパー。


数日間は慣れるまでの辛抱だが、ようやく慣れてきた頃元の愛車が戻ってきた。

なるほど、左手でシフト右手でハンドルとウインカーという操作は無理がない。
本来の左ハンドルの外車はこれとまったく逆の(手の)操作になるわけか。

クラッチペダルはトランスミッションと近い中央寄りが妥当に思えるが、それも単純に慣れということだろう。
シフトパターンはどれも同じとか。左だと体から離れる方がギヤが高い。

(2017.9.17)


実は夜中にはすでに高くなっていた

9月の1日はおそらく多くの人が思うだろう、
空が高くなったと。

8月31日の日中は紛れもなく夏である。
それが一夜明け外を見て驚く、なんだこれは秋ではないか。

実は31日深夜、1日未明にはすでに秋風が立ち、空には冬の星座が登り始める。
夏から秋へのチェンジは夜中にすでに完了していたのであった。


暦の上での立秋は8月7日ごろ、これはほとんどの人がピンと来ないだろう。
この立秋とは天文学によるもので夏至、秋分のちょうど中間に位置するとか。

でもまだまだ暑い。
立秋は夏ピークで、これから少しづつ秋へ向かうターニングポイント、デクレッシェンド夏。
これを過ぎると残暑扱いなのだそうな。


8月31日から9月1日、スビート秋

天文の運行とは異なる日に、多くの人が季節の変わり目として認識するほどの違い。

8月30日から31日、9月1日から2日とも違う、劇的な変化がある。

(2017.9.3)


その時何が起こったか?

電車に乗ったら、向かいの扉からにょっきり日傘が生えている。
そしてその横の座席には、ばつが悪そうにうつむいて座る若い娘さんの姿。

静まり返った車内には、失笑とも思える何とも奇妙な空気が漂っていた。


そんな光景に出くわしたら、きっと一目で何が起こったか理解できるだろう。


時は数分前にさかのぼる。

友人とのおしゃべりに夢中になって、降りる駅だと気がついたのが発車ベルが鳴ってまさにドアが閉まろうとする時。
閉まりゆくドアにとっさに伸ばしたのが手に持っていた日傘

細い傘はがっちりと挟まり、 無理やり引き抜こうものなら折れてしまいそうなほどびくともしない。
再度扉が開くと思ったら、どうもそのまま発車するらしい。

万一外にはみ出た傘が障害物に当たろうものなら更なる惨事が起きかねない。

人々はその扉から離れた。

かくして誰もいない扉の真ん中から傘が生えている、という何ともシュールな光景が出来上がった。


しかも挟まったのが今池駅、次にその扉が開くのは4つ先
その間、次々に乗ってくる人々はその奇妙な光景に固まったが、瞬時に状況を理解したようだった。

(2017.7.22)


夏の風物詩

田舎育ちのしぶーのはこの匂いと共に夏の訪れを感じる。

だが我が家にはインコ様がいらっしゃるので、念のため天然成分のものを買ってきた。
(もちろん同じ部屋では焚かないようにはしているが。)

なかなか普通のお店には売られていないので、手に入れるのに苦労した。


燃やした匂いはいわゆるただの燃えた匂いがする。

つけられたアロマと違い、これはこれでなかなか悪くはない。

(2017.6.7)


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探すと天然除虫菊のものは結構ある。


何故かもったいない気が

夕食時、嫁が何を思ったかおかずのシュウマイに「をかけたらどうだろう?」と言い出した。

オーソドックスなからし醤油に飽きて、変化が欲しくなったのか?

「まあ餃子になるからやめとけ」という忠告を無視してポン酢をかけてみる。

「餃子!」

驚きの声をあげるが、ついさっき言った気がする。

もちろん同じではないが、餃子もシュウマイも挽肉に皮というメインキャストが揃っているのでそう錯覚してもおかしくはない。
確かに味はシュウマイなのだが、酸っぱさが一瞬で餃子と理解する。

まるで男に産まれてきたのに、無理やり女装をさせられているような違和感がある。

これはないな。

シュウマイ
「解せぬ・・・」

(2017.6.2)


紛らわしいが正しい

お店の閉店近くに買い物をしていると流れてくるアナウンス。

「当店は、まもなく閉店の時間となります・・・」


小学校時代に習った時刻時間の概念。
時刻はその時の一点を指し、時間は長さのある期間を指す。

しかしながら日常生活中にはどちらも「時間」の一言で片付けられていることも多い。
起床の時間、下校の時間、出発時間など、時刻と同じ使い方で慣れてしまっている感はある。
冷静に考えるとおかしいことに気付く。


例えば22:00は、(お店が)閉店する時刻である。

22:00から翌朝10:00までは、(お店が)閉店している時間である。


ということは、これで正しいのか。

(2017.5.18)


なるほどな工夫

最近、風呂上りにウイスキーをちびちびやる時のツマミ。

生ハムにチーズを巻き込んでパセリを散らしてレモンをかけたもの。
生ハムの塩味がチーズでほどよく穏やかになり美味。


面倒な時はロースハムにチーズを挟んで切っただけでも美味。

これは簡単にできるのがメリット。

高たんぱくで低脂肪、(食い過ぎなければ)意外とヘルシーだ。


最近は不景気のせいか色々なものが値上がるか、さもなくば小さくなっている。

いつも食するスライスチーズも例外ではない。

あるメーカーのパッケージに薄くて使いやすいとは書いてあるものの、どう見ても材料の節約
かなり苦しい言い訳とも取れる。

とは言うものの体重を気にする身、夜の酒のつまみに量が少なくなるというのも悪いことではないか。

と思い買ってみた。

おや?

量が少なくなった分、味が濃くなっている。
少量でも存在感が増すような工夫がなされていた。

なるほど!

(2017.5.11)


自然なのか?

久々にバイオリンを練習した。

大昔にほんの少しかじった程度で、なんとか音階くらいは弾ける。
だた、時々楽器にさわらないと本当に忘れてしまう。


バイオリンの構えはコントラバスやウクレレに比べて随分左ひじが体の中央に来る。
そこから手首を外側にひねるような、合気道で言うと小手返しの形になる。
(よけいわかり難いか)

なかなか普段とらない姿勢に、左腕が痛くなった。

バイオリン弾き曰く、この腕の形は自然な構えなのだそうだ。

つまりバイオリンを構えると自然に落ち着く位置らしい。
正直、普段バイオリンを弾かない人にとってこの腕は不自然な構えと言わざるをえないが。


これが自然に思えるほど違和感がなくなると、ようやく板についてきたといえるのかもしれない。

(2017.4.20)


考えることはみな同じ?

たまに行くスーパーに、山積みになった菓子パンがあった。

見たところ地元の聞いたことのないメーカー、いかにも人が手作業で包みましたといった簡素なパッケージ。
直径は12、3センチくらいの結構な大きさで菓子パンというより焼きケーキ。
パンを運ぶコンテナのまま、山積みにされたままだった。

何らかの事情があって単発で仕入れた商品か。

「大特価98円」、しかも安い!

こりゃ売れてないな。

しばらくその周辺で見ていても誰も気にも留めない、完全に空気の存在。

せっかく作った(仕入れた)ものだし、地元の製造だし98円と安いし、不憫に思いひとつかごに入れた。



家に帰って、特に期待もせずに開けてみた。

おや?なかなかいい香り。

あれ、これってひょっとしてかなり美味なんじゃないか?

明日また行って買って来よう。
焼き菓子なので賞味期限は結構長い。

何ならたくさん買っておいてもいい。
そうだ、買い置きしておこうか。



ひとつもなかった。

(2017.4.14)


さらに追い討ち

少し前に鳥かごの掃除をしていてぎっくり腰になった。

コントラバスにまつわる話参照

日ごろせっせとジムに通って鍛えているだけに、まさか鳥かごごときで腰にくるとは思わなかった。
というより「軽い」とたかをくくって油断した結果だろう。

産まれてこの方肩こりとは無縁の暮らしだったので、筋力さえつけておけば腰痛など防げると信じていた。
しかしある人の話では、長年ジムに通い水泳もやっていたがある日突然50肩になってしまったらしい。

結局原因は判らず、突然腕が痛くて挙らなくなるという、なんとも恐ろしい話ではないか。


さらに鳥かごを掃除していてこんなものを見つけた。

これはあの頭毛(ずげ)にあるびょろんではないか。

最近妙に見た目がしょぼくなったような気がしていたが、気のせいではなかった。

残念ながらこれだけ立派に反ったびょろんはなかなか生えてこない。

(2017.4.1)


一体どうしろと?

体重を気にする人にとって、食べ物のカロリーというのはとても重要だ。
あらゆるもののカロリーをとり憑かれたように気にするのも少々問題だが、一応それとなくは気にしている。


ある日見たちくわのカロリー。

エネルギー:93kcal

うむわかった、しかしこれだけでは不十分だ。
この熱量が製品1個当たりのカロリーなのか、内容量の全部なのか。
そこで探して見つけたのが・・・

100gあたり

なるほど、しかしまだ油断は禁物だ。
この袋にどれだけ入っているのかが判らない。

菓子パンなど、1袋に2つ入りで表示が1個あたりだったりすることもある。
かと思えば100gあたりの表示で内容量が100gより少なかったりする場合もある。


さてこのちくわはどうだ?

内容量:5本入り

(2017.1.29)


意外とダメな「年末」

年末年始の休みには、毎年大抵運動不足で太る。

どうせ家にいても食って寝ているだけなので、どうせならどこかに出かけてしまおうではないか。

というわけで、どこか近場で歩き回れるところはないだろうか?と探してみた。
一度は行ってみたいと思っていた「日本ラインうぬまの森」へ行こうと計画する。

ところが調べてみると年末年始は駐車場が開いてない、事実上お休みになっているらしい。

仕方がないのでそこから近い「伊木の森」へと出向くが、こちらも12月28日から1月4日まで入れない。

仕方がないので予定変更して犬山城下町を散策し、犬山城へと向かったが、こちらも年末は営業しておらず。
ところが年始は開いているらしい。

人々は年が明けると初詣やデパートやショッピングモールの初売りセール、温泉など意外とアクティブに過ごす。

もしかすると本当に休めるのは年末のほうなのかもしれない。

(2017.1.5)


もう一歩、詰めが甘い

休日に買い物にでも出かけようとしたら、アパートの前のゴミ置き場が大変なことになっていた。
そういえば今朝は早くから外でカラス達がアホアホと大宴会をしている様子だったな。

道路までぶちまかったゴミをそのまま見過ごすのも忍びないので、ゴミ袋とトングを持ってきて出来る限りゴミ拾いをするハメに。

そこへ帰って来たのは恐らく同じアパートに住む小学生男児。

「こんにちは、何してるんですか?」

ほう、近頃の子供たちは見知らぬ人にもきちんとあいさつするようにしつけられているのか。
関心関心。

って、これって学校とかで教わる不審者対策でないのか?

もしこれで本当の不審者ならば、顔を見られまいと適当にごまかしながらそそくさとその場を立ち去ることだろう。
ご近所ぐるみで不審者を追い出す非常に効果的な手法である。

つまりこの小学生は勇気を出して、不審者に声をかけたというわけだ。


しかし残念、あたくしは健全なここの住人、別にやましい事も何もなく逃げる必要もない。
「ああこんにちは、カラスがぶちまけたゴミ拾いだよ。」

小学生「・・・・」

小学生は普通こんなおっさんに話題はない。
案の定、会話が続かない。


不審者対策としては万全だが、不審者でなかった時のことも考えとけよ。

(2016.11.14)


我が家に突然現れた秋

9月も中旬、昼はまだまだ暑いが夜はすっかり涼しくなった今日この頃。

晩飯後のまったりとした静寂を突然破ったのは一匹のコオロギだった。
「リ、リ、リ、リ、」結構激しい


それにしてもやたらと大きい。

これは記憶にあるぞ。
昔、実家では玄関の中に植木鉢やプランターを置いていたが、そこに虫が紛れ込むことも少なくない。

コイツは室内で鳴いている。

どうも洗面所のほうから聞こえるが、いったいいつ入り込んだのだろうか?
玄関かベランダ窓以外には進入経路は塞いであるはずだが。


そして風呂に入っている時も鳴き続けた。
心なしか鳴いている場所も少しずつ変わってきているようだ。

ふと気がついた。

我が家はアパートの1階だから、縁の下で鳴いているに違いない。
わずかな通風孔から入り込んだコオロギがいても不思議ではない。


それにしても間近で聞く虫の声はやたらと大きい。
これも風流だと思って楽しむしかない。

縁の下なんぞ虫に取って住みよい環境なのか判らんが、そのうち出てゆくことだろう。




そう思った翌日、洗面所の床の上に現存する一匹のコオロギを発見


部屋におったがな。

外の草むらに放ってやりました。

(2016.9.16)


これはあかんヤツやないか?


寝苦しい暑い夏の夜の出来事。

睡眠中にどうしても寝汗をかくので、寝る前には大量の水分を摂ることになる、案の定迫り来る尿意。
真夏の夜の地獄、それは睡魔と尿意の闘いともいえる。


男は白黒、女はカラーとよく言われるが、しぶーのは昔から見事なカラーの夢を見る。
それが現実と見まがうほどリアルだったりすることも少なくない。


どこかで見たことがあるような田舎の景色の中、何故かたずね歩くのは便所
学校の中のようだったり、駅の公衆用だったり、畑の真ん中の掘っ立て小屋のようだったり、バリエーションがすごい。
そして扉がきちんと閉まらないとか便器が崩れているとか床が水浸しとか、必ず何らかの障害が起こる。

それでも何とか放尿を終わるのだが、どうにもどうにもすっきりしない
結局また次の便所を探してさまよっている。

夢と現実の狭間のおぼろげな意識の中、ああこれはリアルに出さないとダメなんだなと気がつく。

仕方がないので実際に起き上がって便所へと向かい用を足し、平和な眠りにつくことができた。


つくづく自分の理性に感謝だが、しかしこれはそのうち実際にやらかす前兆だろう。

(2016.9.7)


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