趣味の木工

趣味と実益を兼ねた木工作業の数々

コントラバスの魂柱交換



現在のメイン楽器、音色的には特に不足はないのだが、もう少し音量が欲しい。
以前自分で調整した時に、魂柱の長さが微妙に短いことが気になっていた。
楽器に対して魂柱が短いと音量が減るおそれがあるので、もう少し長い物に替えたいと思っていたが、なかなか機会がない。
今回まとまった休みが取れたので自分で交換にチャレンジしてみました。


↑この楽器だがや。




ドカーン!

コントラバスは弦楽器の中では最も低音を受け持つため巨大だ。
家に連れて帰ると途端に態度が大きくなる。
これはもうほとんど家具



慣れてしまえばかわいいものなのだが、寝かせて作業するとなると、さすがに人の身動きがとりづらい。
幸いこの楽器は裏板が平らなので、ピアノの長椅子の上に安定して寝かすことが出来ます。
ここを手術台として作業します。



f孔(表板に開いたfの形の孔)から楽器の中を覗くと、魂柱(こんちゅう)と呼ばれる一本の丸い棒が見えます。

 
これが魂柱。

「魂の柱」というだけあって、この柱によって音色が決定づけられる重要なパーツ。

 弦楽器はバイオリンからコントラバスまで基本的に同じ構造をしています。
 弦の振動は駒に伝わり、駒の足から表板に伝わり、表板全体を振動させます。中に立っている魂柱は、この振動を裏板に伝える大切な働きがあります。また、表板の振動の支点になり音色に大きく影響を及ぼします。

 魂柱は接着されておらず、表板と裏板の圧力で挟まっているだけです。この棒と駒の位置関係は非常に重要で、弦楽器の歴史上長年の試行錯誤の結果、おおよそどの楽器も同じような位置に立っているが、楽器の状態や演奏者の音色の好みによって微妙な位置調整がなされます。
 長さもまた重要で、同じ場所に立っていても長さが長いとそれだけきつく挟まることになります。長すぎると逆に振動を阻害してしまい、短すぎると表板を支えきれずに音色がぼやけてしまう。

 魂柱は新品の楽器の場合、しばらく使うと弦の圧力によって裏板が押され楽器が膨らみ、長さが不足してくることがあるらしい。木で出来た楽器は長年の使用で変形が起こり、全く同じ設計の楽器でもゆくゆく独自の調整が必要になるのです。とくにコントラバスは基本的構造は同じでも、バイオリンに比べ大きさの比率が異なり、張力による変形も大きいので、コントラバス独特の調整が必要になります。
 この楽器は古い楽器だが、購入時のセットアップでいくぶん魂柱が短くなっているということは、それ以前に恐らく眠っていた時期があるのかもしれない。



魂柱が立っている位置は楽器の中央ではなく高音弦側にあります。
楽器の表面の板は膨らんでいるので位置が微妙に変われば挟まる圧力も変わります。

およそこんな場所。





作業にかかる前に現状の寸法をよく計測しておきます。
 
現在の魂柱の位置は、長年かけて試行錯誤の結果なので、今回は位置は変えずに魂柱の長さだけ変えようという魂胆。
再び元の位置に立てることが出来るようにしっかりメモしておきます。

チカーミラーで点検。





今回の手術の目的はもう一箇所、下駒の部分も直したい。

浮いとる・・・

実はこの下駒、買った時から浮いていたので元の状態の音色を知らない。
テールワイヤーはチタン製。
もともと真鍮のワイヤーだったが細くて切れそうだったので購入時に替えてもらいました。
軽量のチタンにすると音色が明るくなります。



弦を緩め、駒を外しました。

この駒も弦と表板の間に挟まって立っているだけです。
この駒の足も楽器の膨らみに合わせて隙間なく密着するように削って調整されています。


テールピースも外しました。

黒檀の塊なので重いこと重いこと。


パーツを外した状態。
普段の弦交換の時には一本ずつ順番に行うのでここまで外すことはありません。

滅多に行わない修理調整の時だけで、10年以上使用しているがこの姿になったのは数回だけです。


 
古い楽器なのであちこち割れの修復だらけ。
ついでに故障箇所を探したが、幸いどこも大丈夫だった。




こうして見ると改めてでけーな・・・


 魂柱は、弦交換などで弦を全部外すと倒れます。通常は倒れない程度のきつさで挟まっているのだが、弦を外した状態で楽器を立てたり少しでも衝撃を加えるとまず倒れます。倒れてもまた立てれば済むのだが、元の位置に立てるだけでも相当の技術が必要で、地方に住んでいると立てることの出来る職人がいる店まで楽器を運ぶだけでも一苦労。面倒なことにならないように弦の交換は一本ずつ行う必要があります。

 部活の楽器など、この柱の重要性を知らない部員が中で転がったまま弾いていることがある。
 以前、母校のイベントで吹奏楽部のOBとしてステージに乗った時、部活の楽器がどうも鳴らない。おかしい、こんなんだったかな?と思っていたら、部員の女の子が「この楽器、魂柱ないんですよ。」といってソフトケースのポケットから魂柱を取り出して見せられた時は目が点になった。覗き込んでみると確かに中には何にもない。あわてて弦を緩め、楽屋にあった針金ハンガーで即席魂柱立てをつくり事なきを得たが、いままで魂柱のない状態で弾いていてよく楽器が壊れずに済んだものだ。




いよいよ下駒を外します。
 
さすがに自分の楽器だと緊張する・・・
ニカワは熱や湿気に弱いので、逆にその特性を利用してきれいに剥すことが出来ます。


古いニカワを丁寧に取り除いてゆきます。


下ナットの裏側を見ると・・・
ありゃりゃ、これは明らかにニカワ以外の接着剤を使用した形跡。

古い楽器なので、どこかでいい加減な修理が行われたこともあろう。
木工ボンドと思われる部分も丁寧に除去。




弦楽器は通常表板を接着する場合、修理で外すことを考えてやや薄めのニカワで貼ってあります。
しかし強烈な力がかかるこの下駒の部分は、万一接着が外れた場合、表板に力がかかり最悪下駒の境部分からヒビがはいることがあります。
(今まで浮いたままよく無事だったと思う)

この部分。
古い楽器には大抵ここを直した跡が見受けられる。




これでもかというくらいしっかり貼っておきましょう。
剥した際に他の部分まで剥がれてきている恐れがあるので周りにもしっかりニカワを染み込ませておきました。

 



はみ出たニカワは乾かないうちに丁寧に拭いておきます。

巨大クランプが手元になかったのでニカワが乾くまでテールピースを重しにして固定。

このまま一昼夜放置します。




その間に他の部分のお手入れ。
指板を油で保護。



ついでにニスのリタッチ。

どうしても手のあたる部分の磨耗は避けられない。

長年の使用であちこちキズやハゲがあるので、保護の為にアルコールニスでリタッチしました。
ニスは常備しているのだが、乾かし時間も必要なので、なかなかチャンスがない。
この際まとめてやってしまいましょう。
ネックの部分もすっかり木の地肌がむき出しで、手の汗が染み込みまくりだったので亜麻仁油で保護しておきました。



下駒のニカワが乾いたら、いよいよ魂柱の交換にかかります。




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翌日、下駒がしっかりくっついたのを確認、いよいよ魂柱の交換にチャレンジ。

楽器を横にしました。


最初の作業は・・・


魂柱を取り出す
こと。


当たり前のことだが、交換するには今立っている魂柱を倒して、細いF孔から取り出さなければならない。

これがなかなか難しい。
細い孔からは当然手は入らないし、つまみ出すような器具ですら大きな物は入らない。
広い楽器の中で自由気ままに転がる丸棒は想像以上に捕まえにくい。
実は魂柱の太さはギリギリF孔を通る太さ。
慎重に取り出さなければF孔のふちを欠いてしまう恐れもある。

バイオリンならひっくり返して上手く転がせばF孔の上に持ってくることが出来るが(顔の上に楽器の中の埃が降ってくるが)この巨大な家具では無理だ。



針金ハンガーを使って取り出す道具を作りました。
(インコにかじられた跡があります。)
 
中で転がる魂柱を上手く引っ掛けて取り出します。
一つ一つの作業で楽器がガコンガコン響く。
弦楽器の箱は響くように作られているので当然のことだが、いちいち大きな音が鳴るので精神衛生上よろしくない。


う〜ん、楽だ。
こんな道具作ろうかな・・・。



取り出された模範的魂柱。

魂柱の材質はスプルース(松)。
その断面は楽器の内側にぴったりと隙間なく密着するように斜めに切られています。
立てる時の木目の方向も決まっています。



新たな魂柱を作ります。
長年乾燥された魂柱用の材木は非常にもろく、断面がささくれやすいので慎重に切る必要があります。
 
木目の向き、断面の角度をきっちり合わせます。

オリジナルの魂柱は、いつでも元の状態に戻せるように大事に保管しておきます。
(オリジナルといっても長年の使用で何度も交換しているはずなので、製作当時の物ではないでしょうけども・・・。)

およそ1mmほど長く作りました。

太さはどちらも19mm、重さはオリジナルが25g、新しく作ったほうは26gでした(キッチンスケールなので1g単位で四捨五入)。
叩くとカンと響き、その音程は「H」(シ)の音。
ほんのわずかにオリジナルのほうが高い音がします。
 

比べると今回入手した新しい魂柱材はわずかに木目の幅が狭く、密度も高いと思われます。

魂柱が長くなると今よりも中央寄りの調整も可能になります。
(弦楽器は中央が膨らんだ形をしているので、魂柱をそのままで今の場所から中央方向に移動すると長さが足りなくなる。)



魂柱を立てるのには、魂柱立てというひん曲がった器具を使います。
 
片方が薄く尖らせてあり、魂柱に刺して立てます。
立てるのも位置を調整するのもすべて細いF孔からしか行えないため、慎重に行う必要があります。




これでもかというほど慎重に・・・。




コンコンと叩いて位置の微調整。




チカーミラーで断面の密着をチェック。

べべべ、便利だぁ〜!!
少しでも隙間があると音色に悪影響があるばかりか、板の内側を傷つけてしまう恐れがあります。



立ててみて位置を合わせると魂柱と裏板に隙間があることが発覚。
ほんの紙一枚程度、よくよく見ないとわからないほどなのだが・・・。

楽器の調整はメンタルな部分が大きく、
楽器を信頼して演奏するには、不安な所が微塵もあってはならない。

もう一度外して削りました。

立ててはチェックを繰り返すこと3回。
結果としてオリジナルの魂柱より0.5mmほど長い魂柱になりました。
0.5mmも変われば立てるときの挟まる手応えがずいぶん違う。
サウンドにどう影響が出るのか楽しみです。



セットアップして弾いてみました。



ギャーって音がする・・・。



失敗か?

セットアップをしなおした楽器は、弦も駒も交換した魂柱もまだ全然なじんでないので、得てしてひどい音がします。

しばらく我慢して弾き込むと、徐々に楽器全体が素直に振動し始め、元の手応えが戻ってきました。



楽器の音色は、温度や湿度、気圧などの環境的要因でも大きく変化します。
本来なら夏と冬、晴れの日と雨の日など、同じセットアップでいいはずはありません。
しかし、あまりに神経質になりすぎて頻繁に調整すると楽器にも負担が大きい。
楽器を信頼して、ある程度は奏法でコントロールする柔軟さも大切だと思います。



 今回、魂柱の位置は変えていないので基本的に音色に大きな変化はなかったが、心なしか高音がはっきり出るようになった気がします。
 音に張りが出た分、弓の発音に対して妙に抵抗感が増したような気がするが、弾き込むうちに気にならなくなってきました(人のほうが慣れてきた?)。
 A線の開放付近にでていたヴォルフがいくぶん軽減されているような気がするが気のせいか?というレベルかもしれない。
※楽器の特性による弦が不正に振動するポイント。多かれ少なかれどの楽器にもある。

改善されたと思われる所はどこも微妙でしたが、この微妙な差が大きい。
心ゆくまで自分で手がけたので信頼して音を鳴らすことが出来ます。

単なる気のせいかもしれない程度だが、少なくとも悪くはなってはおらず、いずれにせよ満足のゆく結果となりました。
ホールで弾くのが楽しみです。




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