趣味の木工

趣味と実益を兼ねた木工作業の数々

チェロのニスリタッチ


チェロのニス部分修復の依頼を受けました。


チェロ。



弦楽器の傷というのは、長年使っていると避けられないものでもある。
特に表板に使われているスプルース(松)の板は非常にやわらかく、爪が軽く触れただけでも傷がついてしまう。

弦楽器の表面は保護のためにニスが塗られているが、音響上あまり強固なニスが使えないので取り扱いには充分注意しなければならない。

表面のニスが剥げて木の地肌が見えるほどの傷がついた場合、その場所から汚れが入り込み長い目で見て楽器が傷むので、放置せずになるべく早くニスのリタッチ(修復塗装)をしたほうがいい。




傷があるのとないのではどちらがいいのか?

ないほうがいいに決まっている。



ところが弦楽器は不思議な世界である。

長年使われ続けた楽器はオールドと称し、非常に価値あるものという風潮が広まっている。
新品でぴかぴかの楽器よりも傷だらけで汚れているほうが古くて風格がありいい楽器ととらえられることが多い。

そのためか、いわゆるオールド仕様とかアンティーク仕上げといって、新作にかかわらずわざわざ古い楽器を模して傷や汚れを再現したものが売られているという奇妙な世界である。
この場合、小さな傷はあるが故障箇所はないのである意味楽器の健康状態に関しては安心でもある。


といわけで、弦楽器は古ければ古いほど価値が上がってゆくと考えられがちな世界ではあるが・・・。



しかしこれには条件がある。



作られた当時から非常によくできた楽器であった。
作者は亡くなっており、二度と手に入らない貴重なものである。
細心の注意を払って大切に取り扱われてきた。
熟練した演奏者によって長年鳴らし込まれてきた。
致命的な故障修復箇所がない。
管理がしっかりされて、修理や調整もきちんとなされている。
その楽器を欲しいという人がいる。


これらの条件が揃っていなければ、古い楽器の価値は上がらない。
倉庫に転がしておいた二束三文の楽器が、古くなったというだけで価値が出るということはあり得ない。
(それでも欲しいという奇特な人が現れれば別ですが)
もともと良くない楽器は長年弾き込まれたところで多少は良くはなるが名器に生まれ変わることもない。
「弦楽器は買った値段で売れる」というのも、ほんのごくごく一部の名器の話である。



どんなに大切に扱っても、長年使用すれば壊れない楽器はなく、修理を繰り返しながら使い続けるものである。
しかし、元の品質や性能を落とすことなく修理することは非常に高度な技術を要し、修理代もそれなりに高額になる。

つまり、現存するオールドと呼ばれる名器たちは、高額な修理代を払って治してでも使い続けたいほどのよく出来た楽器であり、あの風格ある傷や汚れは、長年の間に細心の注意を払ったにかかわらず付いてしまったものなのである。

決して乱雑の扱われて傷だらけになったものや、掃除がされずに汚れっぱなしの状態とは訳が違うのであった。


古い名器を所有すると、それなりの管理やメンテナンスの義務が生じる。
自分一世代で使い切るというものではなく、大切に手入れをして次の世代に受け継がなければならない。








修復塗装といっても弦楽器の場合、車の塗装のように見た目ほとんど判らなくなるようにはいかない。
修復には必ずが残ってしまうものである。
つまり、一度ついてしまった傷は消えることがない。

ニスの表面が削れて木の地肌が見えてしまったり、ニスの表面が削れてしまった傷は白い。
古い修復痕はニスが溜まり黒ずんで見える。
白い傷よりも黒い傷のほうが目立たない。


割れや傷の修復痕が残る楽器。(これはコントラバス)




修復に使うのはアルコールニス。
楽器店を通して弦楽器を扱う業者さんから入手しました。

クリアニス、クリアニスに染料が混ざったもの、色が黄色茶色赤色などの色を混ぜて再現します。
リタッチでは数回重ねて塗った時に同じ色合いになるようにします。

この色を出すのが難しい。




弦楽器のニスは、新作を作る場合、乾燥をしながら30回から50回も重ね塗ります。
塗装だけで数ヶ月もかかります。

オリジナルのニスの配合はその工房や作者の秘伝となっています。



ニスは楽器の保護という役目と、楽器の音を落ち着かせる役目があります。
ニスを塗る前の白木の状態では鳴りすぎるので、ある程度ニスによって全体を覆い、振動をコントロールしています。


木で出来た楽器は、完成してからも気候の変化に伴い膨張収縮を繰り返します。
その為あまり表面を硬いニス覆ってしまうと、この動きについてゆけずにニスがひび割れてしまうこともありあます。

ニスは一見乾いているように見えて、実は非常に粘度の高い水あめのようなもので、ケースの中の布の跡がついたり、駒の足などパーツの当たる所にしわが寄ったりすることもあります。


柔らかいニスの上に硬いニスを重ねると、表面に細かいひび割れが浮かぶこともあります。
作者によっては音響や耐久性を考えて、意図的にそのような仕上げの楽器もある。

ギターに良く使われるラッカー塗料は薄く非常に硬くなるので、古い楽器ではニスにヒビが入ることが多い。
ラッカークラックと呼ばれて、古い楽器(ビンテージ品)の証として評価されています。






以前コントラバスの修理をした時のように、ピアノ椅子の上に横たえて手術台とします。

今回の修復は表板の一部なのでこうして寝かしておくほうが作業が楽だ。



それにしてもこのミニコントラバス、いやチェロ、
駒といいf孔といい・・・・小さい

コントラバスに比べて作業が楽なこと楽なこと。



ニスをオリジナルの状態から塗り替えたり重ねたりすると、必ず音に影響が出ます。

ニスのリタッチは、あくまでも傷ついた部分の保護という目的で、傷を隠す目的ではない。
ニスを塗るのは必要最小限にとどめなければならない。



傷の部分に挿すように、その他の部分に極力触れないよう慎重に塗ってゆきます。

アルコールニスは乾燥が速いので、一度の塗りに時間をかけることが出来ない。

一度に厚く塗るとムラになったり、ニスが乾く時に縁の部分が盛り上がってくるので数回に分けて、乾かしながらごくごく薄く塗ってゆきます。

塗った所とオリジナルの部分との境目をごまかすのが難しい。





 

だいぶ目立たなくなりました。
色はともかく、木の地肌が隠れて保護されていれば良しとします。












安全な場所で乾燥します。

今回修復したところは非常に薄く塗ったのと、通常の演奏では触れないところなので、半日ほど乾燥させれば演奏できる状態になります。


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