中西ウクレレ工房レポート
中西清一氏
(1925年12月23日〜2013年12月2日)
日本が誇るウクレレビルダーの巨匠ともいえる人物。
1958年に愛知県江南市に中西楽器製作所を設立。
かつてバンジョー、マンドリン、ギターを製作していたこともあり、主に輸出がメインでしたが、2000年ごろからのウクレレブーム以降はウクレレに集中していたようです。
ヘッドのデカールがマーチン社ものと似ているのはアメリカマーチン社より正式に依頼を受けマーチンのコピーを製作していたこともあるため。
中西工房を訪れたことのある人は多い。
中でもこの工房で修行し、その後立派なウクレレビルダーとして独立していった人も数多く存在するようです。
これらの写真は私め渋谷典昭が撮影し工房内をレポートしたものを、
故中西清一氏の了承を得てヤマハミュージック東海のwebサイトで公開していたものです。
(現在はサイトリニューアルに伴い削除)
長年のわが愛器でもあるNakanishiウクレレの作者、偉大なる巨匠中西清一氏の足跡を残すため公開しました。
(未公開写真を含む)
中西さんは一言で言うとまさに「頑固職人」。
普段は温厚な中西さんも楽器のこととなると決して妥協を許さない。
工場内をじきじきに案内していただきました。
ここが中西さんのメイン作業机。
その他、工程ごとに作業場が分かれている。
山と詰まれた作りかけのボディたち。
白チョークで識別が書いてある。
別室にあるネックを形成する大型機械。
大量に浮遊するオーブはおが屑の埃で。
バインディング(縁飾り)を入れるために溝を掘る機械もあります。
中西ウクレレ工房では徹底した工程ごとの分業体制により効率化を図り、たくさんのウクレレを製作しています。
ブリッジなどのパーツもすべて自家製。
山ほどありました。
製作途中の指板。
ソプラノ、コンサート、テナー用、貝細工や飾りセル入りなど種類がある。
梅雨の湿気の多い時期は本体の製作には不向きなので、主にこのようなパーツ作りに専念するとも言われていました。
見事な木目のコア材(しかも中継ぎなしの一枚板!)。
中西さんはこんな材を惜しげもなく使います。
真ん中で継いであるように見えるが、基本的にナカニシウクレレは一枚板を使います。
ブックマッチではなく一枚板なのがこだわりなのだとか。
マーチンモデルはボディー上下が曲面の為、ネックや内部のブロック材の接着面も曲面にしなければならず非常に手間が増えるのだとか。
形の出来上がったボディ。
縁の溝にはこれからバインディングが入ります。
別の机では縁のバインディングのセルを入れ固定中。
外枠の中で楔を打ち込んで固定する方式。
「たけゃもんはきゃあがへやっとるでよ!」
バリバリの尾張弁で説明していただきました。
(訳:「高価な物は貝が入っていますから」)
床にも作りかけが所狭しとありました。
内部の力木やネックなどは伝統的な「にかわ」で接着しています。
湯煎の設備や固まるまで時間が必要など、ずいぶん手間がかかりますが、サウンドのためにはベストなのだそうです。
おっと、こんな所にも作りかけが。
そこらじゅうウクレレだらけなので気をつけないと。
ウクレレ弾きには宝の山ですね!
白木の状態で完成し塗装を待つ楽器達。
このあと下地塗装、着色塗装、仕上げ塗装がなされる。
中西ウクレレではそれぞれ何回行うのか、研磨はどれくらいなのかは謎。
美しく塗装されたウクレレ達。
完成かと思いきや、ヘッドのロゴマークを入れたのち再び塗装される。
それにしてもたくさんある。
最終塗装が終わりパーツをつけるまでに仕上がった楽器。
左がコンサートサイズ、右が8弦タイプ。
最終調整のコーナー。
完成品が箱につめられて山積みされています。
ここでパーツが取り付けられてようやく完成。
工房奥の応接間には完成品のウクレレがずらり。
マーチン5Kモデルやジェイクモデルのテナーの姿も。
オータさんを始めとする著名なウクレリストの写真が飾ってありました。
応接室兼カラオケステージ。
あまりのウクレレの多さに圧倒される場所でした。
今回の工場レポートは忙しい中無理なお願いに関わらず、にこやかに応対してくださいました中西さん、本当にありがとうございました!
晩年は体調を崩されてから、正式に引退を決意しましたが、その後も製作を続けていました。
楽器と共に人生を歩んだ偉大なる巨匠、中西清一氏に敬意を表し、その足跡のほんの一部をここに残します。
(2015.12.16)