執念の山


 愛知県新城市を流れる豊川にある、風光明媚な桜淵公園。そのほとりに、腕扱(うでこき)山というそれはそれは小さな山があります。標高は128m、山というより小高い丘といってもいいかもしれません。

 むかし神々が日本の山や川や島を創りたもうた時、富士山を創った後に腕についた泥を固めてポイと捨てて(腕をこいて)できた山という珍伝説や、かつて武田信玄がこの山で腕の立つ者(うでこぎ)をあつめて作戦会議を開いた山との説もあります。

 登山やハイキングの本やサイトでもあまり載っていないこの山は、大人になって調べれば調べるほど、大して見るものがない山ということも判ってきました。
 頂上には明治天皇の像と、大して見晴らしがよくないさびれた展望台が一つ、本当にただそれだけらしい。





今をさかのぼること数十年・・・





 当時しぶーのは桜淵公園に近い幼稚園に通っていました。その幼稚園から腕扱山までおよそ1キロメートル、田舎の幼稚園児の足なら余裕で歩ける距離である。


 年少組時代、同じ幼稚園に通う二つ年上の兄は遠足にて腕扱山の登頂に成功。幼稚園児の足にしてみれば壮大な登山である。やはり山頂までは年長組しか行くことができない。年少組の我々はふもとの桜淵公園で弁当を広げ帰ってきた。そして家に帰ってから兄から聞かされるスケールのでかい登山の様子に想像を膨らませていた。

 年中組になっての遠足では、明らかに腕扱山の方角、何も知らぬまま引率されながら「これはもしや?」と期待に胸が高鳴った。しかしかつて年長組が登ったとされる急な登山道ではなく、自動車が通れるほどの作業道。そしてその遠足は山の中腹にある広場が終着地だった。山頂は目前にあるのだがなかなかたどり着くことができない。


まだ見ぬ山頂に期待は膨らむばかり・・・

そしていよいよ・・・

 年長組になって、念願の登頂を目指す。伝説どうり、ほぼ垂直にまっすぐ頂上を目指す道を見上げ、そこにはまるで天に昇る竜のように先に頂上を目指す他の組の先陣隊が上のほうまで連なっているのが見えた。いよいよである!

ところが・・・

 なんとそれまで晴れていた空が急に曇り、激しい雷鳴が轟き大粒の雨が!


急激に変化する山の天気!
牙をむいた大自然の脅威!



我々のパーティーは無念の転進を余儀なくされた・・・。




一行は命辛々幼稚園にたどり着き、遠足はそれにて終了となった。




山頂がどうなっているのか両親も知っている。
山頂を知る人は口をそろえて「何もないよ。」という。




 「何もない」と言われても、実際に見たことがある人にはその光景がわかっている。しかし見たことがない人にとって、そこは遥かなる天竺であり、得体の知れない光景が広がる魔空間の入り口、そこから見下ろす新城市の大パノラマはコルコバドの丘を上回る絶景に違いない・・・。







 桜淵公園の駐車場に車を停めて、そこから歩いて・・・・と行きたいところだったが、奇しくもその日は桜淵の大花火大会。広い駐車場は打ち上げ場として閉鎖されていた。

仕方がない、別の駐車場を探そう・・・

ここでふと疑問・・・。

腕扱山の登り口はどこだ?


登山やハイキングの本やサイトでもあまり載っていない

なにぶん、数十年前の記憶である。

これほどまで有名な山は、近くまで来れば何らかの案内表示がされていると思っていました。




結果。

何もありません。



仕方がないので当たりをつけて、奥の池のほとりに車を停め登山道を探す。

入り口はあっけなく見つかった。



見つかったが・・・




この右奥に向かって登ります

事前調査で見つけた目印の小さな石碑といい間違いないのだが・・・

なんか暗〜い・・・

藪が鬱蒼と茂っている・・・

遠い昔の記憶ではもっと明るい見晴らしのよい道だったような・・・

一応道らしきものがあるが、こんな道を幼稚園児が遠足で歩くか・・・?
昔はもう少し整備されていたような気がするが・・・

 実は登山道はもう一つある。山のちょうど裏側を緩やかにジグザグに登る道。地図では車が通れそうなはっきりした道が載っている。しかし、かつて遠足での登山ルートはその道ではないことは確かだ。まっすぐ上に向かって急な斜面を登った記憶がある。

意外とキツイ。

荒れ果てた道は歩きにくく、大人の足でも難儀する。

それとも忘れてしまったが、我々野生児達にとってこれしきの山道は朝飯前だったのか・・・?
そんな気もしてきた・・・。

 それにしても木が茂っている。春や秋の遠足シーズンには葉が落ちて視界が開けるというようなそぶりもない。数十年という歳月の間に、これほどまでに木が生長したのか?いや、この山はずっとそれ以前からあったのだから、この藪は変わらぬ姿のはずである。

これはハイキングでもなく登山でもなく藪歩き・・・




登り始めてから10分ほど、展望台らしき建物が見えてきた。



おお、頂上だ!

あれが噂の展望台か!



・・・・?




 

うわーーーー!!

ぎゃーーーー!!

廃墟と化した不気味な展望台は立ち入り禁止になっていました。
はい、頼まれたって入りません。




あれは明治天皇の像・・・



明・・・・

よくわかりません・・・




眼下に広がる新城市の大パノラマ。



パノラマ・・・

 




なんか激しく放置プレイ中なんだが・・・













 すっかり荒れ果ててしまった山頂。

かつてここには地元の幼稚園児達も遠足に訪れ、はしゃぎ声が響いた・・・。
多くの観光客がこの山から新城市を見下ろした・・・。


今やその面影すらない。














見た。













妙な満足感を胸に山頂を後にした。



下りは地図にも出ている広い登山道を下りてきました。

「車でも山頂まで登れる」という話を聞いたことがあるような気がするが、確かな記憶ではない。
だとすれば、この道もかなりやられちゃってます・・・。

 




池のほとりまで下山してまいりました。最初の登山道の石碑のすぐ横に出ます。

  



2007.8.13 腕扱山(128m、高低差70m)登頂成功!



 期待していた山頂がこのような有様になっていた。期待していたというより期待していなかったというほうが正しいかもしれない。本当に何もない山、それを自分の目で確かめられたことに満足している。


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