歴史の里 しだみ古墳群



名古屋市の東の果て東谷山(とうごくさん)のふもと、守山区の上志段味(かみしだみ)というところにその古墳群はある。


資料によると名古屋市内に確認された古墳は200基以上あり、そのうちの約3分の1にあたる66基はこの上志段味で確認されているとか。

平成26年にそのうちの7基が志段味古墳群として国の史跡に指定され、歴史の里しだみ古墳群として整備された。






そんなわけで2019年4月1日にオープンしたというしだみ古墳ミュージアム「SHIDAMU」という建物。



中には研究のための作業場や展示室(有料)がある。

  




お土産コーナーには歴史の里みたらし餅とか、公式キャラクターのしだみこちゃんグッズとか。

正直売れるのか心配になる。





ミュージアムの裏には古墳エリアということで、現存する古墳が保存されている。




その前に、おお、タイルで出来たジオラマが、一目で地形をわかりやすく作ってあるのか。



なんか、余計わからねぇ。




古墳エリアは広い芝生と散策路が整備されている。




所々古墳があるのだが、表示がなければ恐らくスルーしていたに違いない。

考古学的には重要なものなのだろうけども・・・。




正直これを見ても「はあ、そうですか」としか言いようがないな・・・。

うむ、古墳の他にはなーんもあれーせん。




あるのはだだっ広い芝生。

歴史に思いをはせるといいうより、広々とした公園を散策する感覚。




なかなかよいではないか。




向こうに見えるのは東谷(とうごく)山。

あそこにもいくつかの古墳が眠る山だ。




つうか、復元された巨大な古墳がひときわ目を引く。

志段味大塚古墳。

5世紀後半、古墳時代中期のものだそうで、長さ約51mの帆立貝式古墳。
大正12年に京都帝国大学の梅原末治氏と地元の人々によって発掘調査が行われ、多くの副葬品が出土したという。




記念スタンプと・・・のぞき穴?




真面目なのかふざけているのか反応に困る。




その古墳は上に登ることも可能だ。


他人様の墓の上に登るなんざぁ本来は罰当たりな行為も、もはやアトラクション状態。





それにしても・・・なんじゃあこりゃあ


いくらなんでもやり過ぎではないか?

当時の姿に思いをはせるどころではない。




いやいや、


歴史の里概要の歴史の里整備状況を見ると当時の姿に完全復元と書いてある。

どうやら本当にこんな姿だったらしい。


当時の姿にもだが、長い年月によってほとんど原型を留めていないのも驚きだ。

復元前の志段味大塚古墳

(画像はサイト内より引用)

(それとも発掘調査で崩してしまったのだろうか?)


古墳時代は今から1300年から1700年ほど前の時代。
3世紀半ばから7世紀末頃の400年間ほどを指すことが多いとか。

西暦250年から650年あたりというが、正直全くピンとこない。


弥生時代より新しく飛鳥時代よりも古い。

ますます想像つかねぇ。(歴史苦手)

現存する最古の木造建築(法隆寺)が670年というから、古墳時代のものはまず残っていないと言ってもよいだろう。






周りは変哲もない住宅地。

当時の面影を残すものは山と空のみである。

暮らしは全く違えども、そんな昔よりこの場所で人々の営みが行われていたのか。



1700年後にこの場所で、我々の文明は一体どれくらい残っているのだろう?



と、途方もないことをぼんやりと考えながら過ごす午後のひととき、空の広さを堪能するのも悪くない。


(2019.11.16)


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