海上の森から広久手の森を歩く


冬が終わって悲しんでいる間に春も終わり、すっかり暑い季節になってしまいました。
がつくほど暑いのは苦手だが、夏になると野生の血が騒ぎ何故か野山を駆け回りたくなる。

暑くもなく、虫も蛇もいない冬の間に行けばいいものを、何故か冬の間はそそらない。

人間も自然の一員、そこらの虫と同じということだろうか・・・。


山歩きは当然ながら仕事の合間を縫って出かける。
世間で言う休日はほとんど仕事なので平日の昼間、おかげで観光客が少ない時期に悠々と楽しむことが出来る。






(Yahoo地図より)

愛知万博の騒動で全国的に有名なのは海上(かいしょ)の森だが、その南側に広がる広久手の森もまた自然豊かな里山で、年間通して多くのハイカーが訪れている。
同じ様な道が繋がっているため、海上の森として語られることも多い。





海上の森の入口として有名な屋戸橋
赤津川(後に矢作川)にかかる小さな橋だが、ハイキングのレポートには必ず登場する。

この橋から眺めると200mほど上流にある堰堤が見える。

ん?

何だあれは?

げっ!なんか作ってる!

なにやら大規模な工事が行われている模様。
あれは道路の橋脚だろうか。

まったく、万博のほとぼりが冷めてからも着々と侵略が進んでいるようだ。

屋戸橋のほとりには、いかにもここに繋がりますという立派な道が出来ている。
東海環状自動車道のせと赤津インターへと続く道に違いない。
ここにこんな広い道路が必要には思えないのだが。





お馴染みの大駐車場。
海上の森にはマイカーの乗り入れが規制されているので、ハイカーの車はすべてここに停めて森へ入ります。

平日の昼間なので停まっている車は少ない。



車を停め、まずは屋戸川砂防ダムを見に。

地図上では何の表記もないが、航空写真では結構な大きさの堰堤がある。



海上の森とは反対方向の民家のある里のほうへ向かう。

何の看板も出ていないが、砂防ダムがあるということは川があるはず思い、小さな川をさかのぼって民家の間を進む。

道は突き当たるが、親切に散策路の案内があった。

風流な水車がこしらえてあり、実際に動いていた。

まるで他人の家の軒先を通るような道だが、地元の人々と出会うとにこやかに挨拶してくれた。
マナーを守ってハイキングを楽しむ人が多いと見え、なかなかフレンドリーなところだ。



ちょうど田植えの季節、小さな小川にはきれいな水が流れていた。

どこか非常に懐かしさを感じる風景。
しぶーのは幼き頃こんな野山を駆け回っていた記憶がある。





ほどなくゆくと大きな砂防堰堤に出ました。

砂防堰堤なので堤体には大きな穴があり僅かに流れる水は素通り状態。
周りは公園風に整備されていた。



天端は金網により厳重に立ち入り禁止。
と思いきや、横から素通り状態、扉にも鍵はなかった。

入ったところで貯水もしてないし、何もないんだけどね。






再び山を降り、今度は広久手の森を目指す。

今年はまだ涼しいとは言え、アスファルトに照り返される6月の日差しは結構きつい。

コンクリートの壁に残る跡は、生えていた雑草が風で揺れてぞろんぞろんした跡だろうか。




まるで収束点が見えそうな道。

周りは田んぼなので覗き込みながら歩いたが、まだ田植え直後のようで生き物の姿はほとんどなかった。




道の終わりまで来ました。

 

ふと右を見ると、愛知万博の残骸でもある、あいち海上の森センター本館がある。
鉄筋の立派な建物だが、森にはおよそ似つかわしくない施設。
環境の為の万博と謳っていたが、何か間違っている気がする。




広久手の森方面、道には車止めがありそれ以上進めなくなっている。


しかしその横には歩行者用に専用通路が設けられていた。




小川にそって森の中の道を進む。

どこからともなくウグイス鳴き声がけきょけきょと響いてくる。

実にさわやかだ。





げっ!


げげっ!


げげげっ!

ハチやマムシは判らんでもないが、イノシシまで出るのか。
そういえば猿投山(この森から近い)には熊らしき動物の目撃情報もあった。


猿投山といい海上の森といい、この辺りの山はハチのようなアブのような虫が多く、この日も顔の周りに絶えず虫がたかっていた。
おとなしく頭の後ろを飛び回っていればよいものを、何故わざわざ顔も前に来るのだろう?





さらに轍の残る道を進む。

点検や整備で許可車が入ることがあるのだろうか?




道の奥には赤池という小さな池があります。

堰堤による池とのことでしたが、堤体は草に埋まって見えなかった。

赤池は、周りを鬱蒼とした森に囲まれ静かなところでした。



池の横に立っていたこの街路灯のようなものは、何かの観測機器かだろうか?



ふと足元を見るとカナヘビが日向ぼっこ中。


子どもの頃にはおなじみの光景だったが、街中ではまず見ることがない景色。




来た道をしばらく戻り、枝道から森の中に突入。

 

ゆるい登り坂道をのんびりと歩く。

この界隈の森には数多くの枝道があるが、交差点には判りやすい道標が立っていて迷うことは少ない。




頂上のような場所に出ました。

 

小高い丘の上に五輪塔(ごりんのとう)がある。
五輪卒塔婆ともいわれ、主に供養塔・墓塔として使われる仏塔の一種だそうな。

この山のここに五輪塔があることは有名だが、何の案内看板も説明書きもないので実際にこれが何なかは謎。


ここで少し遅い昼飯に。
おにぎりが見事につぶれています。

 

この場所からは少し展望が開けてはいるものの、この日は妙に曇っていてあまり眺めはよくない。




減量中につき微妙に少ない昼飯を終え、しばらく尾根道を進む。

特にきつい登はなく、登山と言うよりも低山ハイキング。




所々にある注意看板にマジックで手書きの地図が書かれている。

親切な人が書き込んでいったもので、非常に判りやすい。




かつてこの山では焼き物の生産が盛んだった時期があり、その名残として窯の跡が残っているらしい。
地図や案内図には古窯と書かれているが、付近を見渡しても窯のようなものは見当たらない。



しばらく辺りをうろうろしていると年配のハイカーが通り過ぎたので伺ってみた。
きっとこの森には幾度と訪れていて詳しいに違いない。



「こんにち(挨拶・・・省略)この辺りに古窯があるはずなのですがご存知(以下省略)」

「コヨー?」(よく判ってない様子)

「地図のこの辺り古窯跡とあるのですが・・・」

「コヨーアト?」(まだ判ってない様子)


「ああ、もしかしてあの窯の跡のことかな?」

指差す方向には、先ほど探して何度も通り過ぎた道の横に大きな窪みがあった。

案内があるわけでもなく、特に学術的に保存されている様子もない。
ただ昔そこに窯があって、今はその痕跡だけが残っているという、ただそれだけの状態。

山を行き交う人々には単に目印として存在しているにすぎない。
まるで猿投山山中に残るトロミル水車の残骸のような産業遺跡。


何の観光地化されてもいない、人はただ通るだけの山。
だがそれがいい。




ここからしばらく尾根道が続く。

低いシダ植物と、妙にひん曲がった木々の間を進む。
日の光があたる明るい道。
足元は乾いた白い砂と石の砂利、愛知の山の特徴とも言える。




三角点広場まで来ました。
三角点と言えば山の頂上なので、結構な急登山を覚悟していたが、あっけないほど簡単に登りついてしまった。

標高166.5m。
これでもこの辺りでは一番高い。



見晴らしはよいはずなのだが、曇っているせいでごらんの有様。




指差して記念写真なんぞを撮りつつ、霞んだ白い景色を眺めながらしばし休憩。




尾根道が途切れると再び森の中に突入、ここからは下りになる。
ハイキングは登りよりも下りのほうが疲れる。




言いたいことはよくわかる。

確かに守らなければならないことではあるが・・・
野鳥の会にしては、その鳥の絵はどうかと思うのだが。




四つ沢分岐点まで戻ってきました。
ここにある広場はかつては森の入口の駐車場として使われていましたが、今は閉鎖されている。

ここから入口の大駐車場までは歩いて数分のところ。





駐車場まで戻ってきました。

時は夕刻、停まっている車はほとんどなかった。

あの尾根の奥には、山間の赤津川の中に佇む廃ダム、山口堰堤がある。


途中休憩を入れてのんびり歩きながらおよそ3時間半。
半日軽く運動するには適度な距離だった。


初夏の昼下がり、心地よい運動でした。
ちっとはメタボ解消に役立っただろうか・・・?


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