趣味の木工
趣味と実益を兼ねた木工作業の数々 |
折れたコントラバス弓の接合修理
弓の修理の依頼を受けました。
弟子の弓だが、不慮の事故により落下してしまい、見事に頭が飛んでしまったそうだ。
しかも本人がやってまった(やってしまったの名古屋弁)ならともかく、気を利かせた他人が運ぼうとして落としてしまったらしい。
修理工房に出してみたものの、折れた場所といい折れ方の条件といい非常に悪く、
あまりに金額がかかりすぎるので「修理不能」とされて帰ってきてしまったそうです。
あまりにも悲しいではありませんか・・・。
ドイツ製、25万相当の弓。
ガーン!
ガガーン!!
通常弓が折れた場合はその価値はほとんど失われると言います。一応、接合は可能だが完全に元通りになるわけではなく、バランス、弾力に影響が出る場合もあり、そしてその強度の保証はなく、演奏中に再び同じところで折れる危険があり、そのリスクは少なくない。
非常に高価な弓、さらに価値はともかく修理してでも使い続けたいという要望があった場合に修理するが、通常折れた弓のほとんどが廃棄処分となってしまう。
今回、この弓の持ち主はほとんどもうあきらめています。「記念に飾っておくだけにしても、せめて折れたまま放置するのは忍びない。」ということで、だめでもともと、イチかバチか、かわいい弟子の為、「使えればラッキー、程度であれば」ということでチャレンジしてみます!
それにしても見事にぶっ飛んでいます。
他人の弓ながらこの痛々しい姿を見るのは忍びない・・・。
早く継いであげたいところだが、一目見てかなり難しい手術と判るため、まずは準備を整え慎重に挑みます。
断面触るべからず。
まずは破断面の観察。どのように折れているのか、木の繊維の様子はどうなのか、慎重に見極めます。
この弓の破断面は折れてから時間が経っており、触れられた形跡がありかなり条件が悪い。
先端部分はきれいに繊維にそって破断しているが、棹の部分は毟れるように切れている。
なるほど職人も修理不能というわけだ・・・。
しかし!
難しいければ難しいほど燃える!
かつてバイオリン弓4本、チェロ弓2本、バス弓1本ほど接合したことがあるが、今のところ同じ箇所が折れたと言う報告は受けていない。
自分の技術に挑戦である!
破断面を慎重に整えます。ささくれがめくれたり折れていたりしています。
一本でもささくれがひしゃげていると、接合面がきれいに一致しません。
もはやそのまま元通りに合わせることは困難と判断し、ささくれを取り除いてゆきます。
無理に生かそうとして不完全な接着面で継ぐより、ある程度内部は諦めて、できるだけきれいに合わさるようにします。
慎重に慎重に・・・ものすごく細かい作業です。
こんな所でもデスクライトが大活躍。
接着には瞬間接着剤を使いました。
本来ならばニカワで接着したい所だが、ニカワが乾くには一昼夜かかり、その間このような場所を押さえておくクランプがない。
金輪際剥がす必要がない部分なので固めてしまうことにしました。
断面に触れないように瞬間接着剤をつけ、
大急ぎで断面を合わせ、
人間クランプで押さえること数分・・・。
紙が貼ってあるのはささくれがめくれていて強く押さえる必要があったため。
紙ごと押さえて接着して後ほど表面をこそぎます。
とりあえず接着できました。
ここまでくればまずは一安心、無理な力さえかけなければ簡単に外れることはありません。
できる限り破断面をきちんと合わせて接合しました。
乾燥中。
台所に弓が・・・異様な光景。
一見すると隙間なく接着されているのでこれで完成のような気がしますが・・・。
しかし弓の先端の首の部分は最も力のかかる部分、このまま弓毛を張って演奏するとたぶんまたそこから折れます。
特にコントラバスのドイツ式の弓は演奏時に強い力がかかる上、棹と毛の距離が離れているので危険率が高い。
つまり、本当の接合修理はここからなのです・・・。
眺め実習中。
数日経って接着剤はすっかり乾きました。
はみ出た部分は最後の仕上げの時にこそぎます。
まな板の上の弓。
このままで、もとの木よりも強度が保てていれば全く問題がないのだが、一たび破断した木の繊維をくっつけたのだから不安が残る。
不安が残るようでは演奏どころではない。
そこで補強のために埋め木を入れます。
この作業は失敗が許されないのでさすがに気合が必要。
邪魔が入ると気が散って集中できないのでヤツが寝静まった夜中に始めます。
(ヤツ)
精密に作業する必要があるため、台に固定します。
(以前に製作した毛替え作業用の台があってよかった・・・。)
緊張の瞬間
何だかとっても悪いことしているような気分・・・。
中心に溝を掘ってゆきます。確認をしながら慎重に掘ります。
数種類ののこぎりとやすりを駆使して、まっすぐ中心に入るようにします。
弓のヘッドの内部には、楔を打ち込んで毛を留める四角い穴が開いています。
あまり深く掘って穴まで貫通しないように気をつけます。
休み休み確認しながら作業することおよそ一時間、ようやく溝が掘れました。
埋め木には手頃なフェルナンブコの端材がないので、代わりの木材を使います。
黒檀や紫檀なら手元にあるが、あまり重い木を埋めると弓のバランスが変わってしまうので、軽量で強度が保てそうなパドックを使います。
フェルナンブコによく似たオレンジ色の木だが、パドックのほうが密度が低く表面に小さな穴が開いている。
接着剤によるアンカー効果を期待しつつ・・・。
※アンカー効果・・・素材の隙間に入り込んだ接着剤が硬化してイカリの様な働きをして接着力を強めること。
弓の豆知識 バイオリン〜コントラバスの弓には、南米ブラジル産のフェルナンブコと呼ばれる木が使われています。古くは赤い染料をとるために、大量にヨーロッパへ輸出されていました。 |
フェルナンブコのおがくず(粉の方)が流しで水に濡れて鮮やかに発色しています。
さすが染料となる木だけある。
削り粉は鮮やかなオレンジ色、この弓はなかなかの品質の材木が使われているようだ。
この粉にはアレルギーを起こす人もいるそうで、なるべく周りに散らさないように気をつけました。
埋め木する楔の形を整えます。あまりきつく打ち込むと弓が縦に裂けるので微妙な加減が難しい。
パドックという木を削るととっても鉛筆の匂い。
埋め木するパーツができたので一旦おがくずをきれいに掃除して道具を片付けます。
接着のチャンスは一度だけ、ずれたり不完全だったりすると今までの苦労がすべて水の泡となります。
さらに接着に使っているのがニカワではないので修正がききません。
ここを失敗すれば、この弓は完全に廃棄処分となります。
一旦作業を中断、一休みして気合を入れて望みます。
弓の溝を掘った部分の縁は刃物のように薄くなっているので、うかつに触って欠けてしまわないようにそっとしておきます。
今は絶対安静、眺め実習も手を触れずに遠くから眺めます。
さて・・・・
次の作業では、
掘った溝の中に充分接着剤を染み込ませる。
↓
打ち込む楔に接着剤をつける
↓
掘った溝の中にもう一度接着剤をつける。
↓
楔を奥まで打ち込む。
これらの作業を一瞬で行わなければなりません。
ゆっくりやっていて接着剤が固まってしまうとアウトです。
いよいよ
緊張の瞬間!
刃物で言えば焼き入れの瞬間のような感覚か?
・・・・・。
(作業中)
・・・・・。
・・・手術は成功しました。
強度を出す為に、折れた破断面と木目を斜めに横切るように入れ込んでいます。
最大の山場はクリアーしました。
このまま完全に硬化するまで放置します。
翌日、完全に乾いたのではみ出た部分をおおまかに削り落とし、形を整えます。
弓のヘッドのデザインは製作者の意匠と同じでオリジナリティが大切な部分。
出来るだけ元の形を崩さぬように慎重に整えてゆきます。
ちみちみとスクレーパーで少しずつ、はみ出た部分を削り落としてゆきます。
念のため、もう一度瞬間接着剤をしみこませます。
埋め木したパドックの木目の小さな穴を埋める働きもあります。
弦楽器修理の豆知識 伝統的な弦楽器の製作や修理では、接着にはニカワが使われています。ニカワは動物の骨などから取れるゼラチン質のもので、木材に対して非常に浸透力があり接合面を密着させ強固に固まります。その反面湿気や熱に弱いため、古い楽器を分解、解体修理が可能なのです。 |
精密なやすりを使って埋め木部分だけを慎重に削り、段差がなくなるまで均します。
素材が違うので固さも違い、削る圧力を微妙にコントロールしながら削ります。
色も違うので見た目ではわかりづらく、指で触った感覚が頼りです。
→
接着直後と埋め木後の比較。
接着剤や埋め木部分は時間が経つとヤセてくることがあります。
平面に均した後で凹みが出ないように、ここからは時間をかけて乾燥させながら少しづつ均してゆきます。
なるべく弓の木の部分を減らさないように、塗装だけを薄く剥いでゆきます。
やすり、スクレーパー、サンドペーパーを使って、木目に沿って削ってゆきます。
出来るだけおがくずが出ない(弓まで削ってしまわない)ように慎重に・・・。
形が整いました。
弓の材質と埋め木の材質が違うので色の違いが目立ちます。
ステインやバイオリン用の着色剤を使って色を合わせて継ぎ目部分をごまかします。
汚れや経年変化によるくすみまで忠実に再現すれば、かなり継ぎ目がわかりにくくなります。
恐縮ですが、どうしても弓のヘッドの写真ばっかりになってしまう(私は見飽きませんが)ので、ここで・・・
弓についてのお話・・・ バイオリンやコントラバスのような擦弦楽器と呼ばれる楽器群は松脂を塗った弓で弦を擦って音を出します。(中国の二胡やモンゴルの馬頭琴もこの仲間です。)バイオリンやビオラ、チェロ、コントラバスの弓はフェルナンブコの棹(二胡の弓は竹製)に馬の尻尾の毛が張られています。通常白い毛が張られていますがコントラバスに限り黒い毛(毛の表面が粗く引っ掛かりが強い)が使われることがあります。毛の部分は消耗品なので張り替えることができます。 |
着色後。
磨いて表面を処理した後、表面保護の為、仕上げにごくごく薄く油ニスを塗りました。
油ニスは乾きが遅いが、薄く美しく仕上がります。
ハケ塗りだと厚すぎるので指で塗りました。
捨て身の技術です。
汚れたって構うもんですか!
以上で作業は終了です!
あとはこのまま一昼夜放置すれば乾きます。
完成。
おまけ
古い弦楽器の鑑定に、紫外線を当てて過去の修理痕を確かめるという方法があるそうですが・・・
紫外線(UV)ライトを当てたら、継ぎ目がかすかに浮かび上がりました。
恐るべし!
※当サイトでは弓の修理・改造・毛替え等は受け付けておりません。あしからずご了承ください。